31 décembre 2008 

dix-sept syllabes:journal

 2008年が終焉を迎えようとしている。それに呼応するように、リビングのライトが不規則に点滅しはじめた。これでは落ち着かない。ここで一句。

 電球を 替えて今年を 締めくくる

それはともかく、来年はいい年にしたい。そう漠然と思うだけでは、だめだ。

30 décembre 2008 

mondialisation des abdominaux :journal

年末。相変わらず仕事で研究室に通う毎日。
 夕食は鶏ガラとホタテの出汁に、鶴橋のヤンニョムを加えてチゲを作った。豚肉はアグー。あまりの美味しさに、危機感を抱いた。このままでは肥満体になってしまう、と。
 そこで、巷で大流行と謂われるCore Rhythmsをやってみた。といっても、DVDを買った訳ではなく、Youtubeを観ながらやってみた。しかし、どことなく女性的な腰の動きが難しく、しまいに四肢がバラバラな動きになって統率がとれなくなり、断念。ふと、ビリーは何をやっているのかな?と、次はBilly's BootcampをYoutubeで観た。
 実際にやってみると、キッツーい!腹筋に負荷をかける意味ではCore Rhythmsと大同小異。だが、Billyの方が心理的抵抗は少ない。コアリズムに比べると、Billyのかけ声が凄い。「Squeeze!Squeeze!Burn it!Burn it!Work it! Work it! All you need!」中だるみの時に的確に入ってくる。終始Billyはしゃべりまくり。よく続くと感心すらする。
 まさに腹筋グローバリズム。腰のくびれ、腹筋の割れ目への欲望が日本を席巻している。このテのものは常にアメリカからやって来る。アメリカで大流行という触れ込みで。だが、英語版のWikipediaのBilly's Bootcampの扱いが妙に素っ気ないのは、なぜだろう?しかも半分は日本の内容。うーん。

29 décembre 2008 

Des produis de marque:journal

 歯医者の待合室。暇をもてあまして一冊の雑誌を手に取った。雑誌は低価格ブランドに関するアンケート結果に紙幅を費やしていた。比較対象はユニクロ、無印良品、GAP、H&Mの4社。
 なかでも目を引いたのは「自分が着ていると知られたくないブランド」、「恋人に着てほしくないブランド」という項目。堂々と社名を挙げて結果を円グラフで示していた。その露骨なまでの編集方針に驚いたが、
その結果は驚くには値しなかった。
「・・・やっぱりね」誰もがそう思うのではないだろうか。

23 décembre 2008 

Mémoire de fin d’études:journal

 明日は12月24日。卒業論文の提出日である。今日は休日だが、卒論の執筆で研究室に詰める学生の対応をする。提出前の重要な時期に上海出張をした。国際会議の日程はボクが設定した訳ではないが、結果的には学生には悪いことをした。
 お昼は普段は口にしない宅配のピザを注文し、学生とともに研究室で食べる。今後はこんなこともあまりないのだろうと思うと、一抹の寂しさを感じる。
 近年では卒業論文を課さない学部、学科、専攻があるという。ボクは卒業論文はあったほうが断然いいと思っている。なぜなら論文を執筆するという営みは、大学で学ぶ事柄を総動員することを要求するからだ。テーマを設定し、資料を蒐集し、文献を精読し、熟考し、推敲する。そして、テーマについて意見を交換する。単に授業を受け、単位を積み重ねるだけでは得られない達成感とスキルが得られる。これは大学でしかできない。自分が書いた文章を添削してもらえる機会も、極めて貴重だ。一つのテーマを掘り下げてとことん考察する契機も、論文を書くからこそ得られることもあろう。社会でもそうした経験が必ず生かされると信じる。カリキュラムを編成する側からすると、卒論を四年間の目標に設定することで、大学で提供する授業の位置づけをより明確にすることができる。
 学生にしてみれば、卒論の存在によって卒業へのハードルが高くなっていることを感じるかも知れない。しかし、楽に単位を取って卒業するという一見「効率的」な行動が、スキルを身につけ、豊かな経験を積むという意味では、極めて不効率で、不合理であることを知るべきである。若い時の苦労は買ってでもせよ。蓋し名言である。

22 décembre 2008 

Funny Games U.S.A:films

 先日、山手線に乗っていた時、Michael HANEKE監督の『ファニーゲームU.S.A.』のポスターを見かけた。
 かつて、リメイク元の同監督の作品を観たことがある。記事はこちら。暴力、とりわけ現代における暴力表現について考えるには、格好の作品である。
 よほどの映画通でない限り、Haneke監督の『ファニー・ゲーム』を観てはいないだろう。ハリウッド・ベースに乗ることで、多くの者がHaneke監督を知る。これ自体は喜ばしいが、この作品を観るには辛抱が必要。途中で何人の観客が席を立つだろうか・・・。

21 décembre 2008 

人のセックスを笑うな:films

井口奈己監督の『人のセックスを笑うな』を観た。
 39歳のユリは電車に乗り遅れ、早朝の暗いトンネルを通るはめに。そこに美大に通う青年・みるめたちの車に遭遇し、彼らに乗せてもらうことに。
 その後、みるめはキャンパスの喫煙所でユリと偶然再会する。みるめにリトグラフの手伝いをさせるユリはみるめを絵のモデルに誘う・・・。
 既婚の教職にある人間が、学生を職業的に誘い出し、関係をもつ。この物語、ある意味で純愛だが、構図としては立派なセクハラである。まあ、こんなことを言うのは無粋というものなのだろう。
 無垢で礼儀正しく、従順で、清潔感漂う・みるめ。年上なのに可愛い、年下にも甘えるが、精神的な落ち着きもある。そして決して説教をしない女性・ユリ。みるめはユリにすっかりメロメロになってしまう。
 「だって触ってみたかったんだもん」と自らの感覚に素直に行動するユリは、既婚者であった。それを知らなかったみるめは懊悩する。個人的に気になったのはユリの年齢。かなり年上の夫との間には子供はいない。若い男の子と金銭を介在させずに向き合うラストチャンス。そうした意識があったのかは判らないが、40の声を意識しない年齢ではない。きっと僕たちは思った以上に十進法の思考に囚われている。
 ある意味ユリの行動は「おじさん的」なのだが、この物語は女性の理想を具現化したものなのだろう。20そこそこの透明感のある男の子に、アトラクティヴでナチュラルでありつづけることは、年齢を重ねた女性の理想なのかもしれない。
 ターニングポイントは ユリが指を切って、夫に手当をしてもらうシーン。彼女の不倫を疑いもしていない風情の夫のやさしさに触れ、ユリは我に返ったのだろうか。突然、みるめの前から姿を消してしまう。それからはみるめの苦悩が映し出される。それにみるめの同級生・えんちゃんのみるめへの思いが絡む。現代では彼女のような女の子が一つの「カワイイ」モデルとなるのだろう。個人的な印象ではえんちゃんはあまりに幼稚。その所作も行動も。あれでは大人の女性の敵ではない。
 演出は長回しを多用する。構成面の合理性を追求することで、かえって不自然さが残るのを嫌ったのだろうか。ゆったりとしたありのままのテンポを出したかったのだろうか。これが時に冗長に映る。この長さに倦まないとしたら、俳優たちの絵力とナチュラルなカメラの構図が中和しているのだろう。

14 décembre 2008 

Au revoir Powerbook G4, Bonjour Macbook Air!

 以前、Powerbook G4が立ち上がらなくなったことをお伝えした。その数日後、再びブルーの画面で起動が止まってしまうトラブルに見舞われた。セーブモードでは立ち上がるが、しばらく使うと再びフリーズするという状況。
 最初はアプリケーションによるOSへの干渉の問題かと思い、何度もOSをクリーン・インストールしたが、やはり起動途中で青い画面を見せられる羽目に。そしてApple Hardware Testの結果、ビデオRAMにエラーが検出された。エラー・コードは2NVD/1/4 2122。日本語ページにこのエラーの説明はなく、英語サイトにロジックボードの交換が必要との回答が。ロジックボードの交換は7,8万はかかりそう。
 上海出張も控え、国際会議に手ぶらでは行けない。結局、新規購入する腹を決める。最初はMacbook Airを購入する予定だったが、コストパフォーマンスの低さに尻込みする。そこで実をとって新発売のMacbookを買うことに。そこで、コジマ電気に行くと、何と!Macbook Airが124800円!定価より約10万円、価格comの最安より2万円、さらに購入候補筆頭の新発売のMacbookより、2万も安い!
 即買いしてしまった。Airを。展示品を除く在庫が、あと1台という口車(?)にまんまと乗った。そして、ベスト電器でSuperdriveも購入し、再起動を虚しく繰り返す日々からようやく解放された。
 さて、Airの使用感は悪くない。画面が広くなったが、重量が軽くなった。そして何より驚くのはその静寂性。これは素晴らしい。ただ、Intelmacになったせいで、Atokの互換性がなくなった。また、Firewireも使えなくなり、周辺機器は何かと買い換えを迫られそうである。
 

10 décembre 2008 

Fleur de Sel de Kumejima:journal

 塩を買った。フランスのFleur de Sel de Guérandeがなくなりかけたので、国際通りに行ったついでに「塩屋」に寄った。
 流石、塩専門店。品揃えも蘊蓄も凄い。ボクが買ったのは「久米島白銀の塩 厳選特上」および与那国の「黒潮源流塩」。前者はステーキや魚など、塩そのものの味を楽しむ時の「勝負塩」。後者は普段使い。天然塩はミネラルが豊富で、人工ものより健康にもよいという。味も丸みを感じるのだ。やはり料理の基本は塩、塩である!
 え?味の違いが分かるかって?そんなの分かるわけないじゃないですか〜。
 店頭ではソフトクリームも販売しており、ゆず塩や抹茶塩などトッピング用の塩が並べられている。アイスを買った客はそれらを自由に振ってよい。今度、試してみよう。

08 décembre 2008 

転々:films

三木聡監督監督の『転々』を観た。
 84万円もの借金を抱えてしまった文哉は、返済期日が迫ったことで借金取りの福原に脅される。ある日、福原は文哉に100万円の謝礼を払う代わりに、一緒に東京中を歩き回ることを提案する。文哉は不審に思うも、お金のために付き合うことに・・・。
 福原が文哉を選んだのは、彼がNoとは言えないことに加え、親に棄てられた不運や困窮に同情したからなのかも知れない。福原は嫉妬のあまり、愛していたはずの妻を撲殺してしまった。だが、
周りは彼にとてもやさしく、なぜか映画をみている我々も福原を憎めない。文哉の返済期日に間に合うように警視庁に向かったのは、福原の気遣いだったのかも知れない。
 土地勘のある場所が舞台になっている映画では、現実では考えられないような距離をワープしていることが多い。そうしたシーンに気づくと、裏切られたような気分になる。その土地の
感覚を無視して、風景をつまみ食いをされたような気になる。この作品は二人の後ろ姿を追いながら、素の東京をみせる。きっと実際に歩ける距離なのだろう。秋から冬に入る季節を選んだのは、福原のこれからの人生を重ねたものか。
 飛行機や新幹線に乗り、遠くに行くばかりが旅行ではない。飛行機は飛行機の、歩行は歩行の風景がある。文学散歩ならぬ、映画散歩でもしたくなる作品だ。
 時間を気にせず、歩きながら話をする。人生を振り返り、懐かしい場所に思いを馳せる。多忙な日常が常態化した昨今では、案外難しいことなのかも知れない。老夫婦が一緒にやりたいことにウォーキングを挙げるのも、わかるような気がする。

07 décembre 2008 

SCOOP:films

Woody ALLEN監督のSCOOPを観た。
 Brooklynから観光でLondonにやってきたSandraが消える手品の箱で死んだジャーナリストの亡霊から連続殺人事件のスクープ情報を得る。そして同様に亡霊を見た手品師Sydneyとともに上流階級の男Peterに近づく。SandraはまんまとPeterに取り入るが・・・。
 ロンドンを舞台にしたWoody ALLEN一流のサスペンス・コメディ。SydneyとSandraの掛け合いや、SandraとPeterのずれ具合に大爆笑してしまった。Match Pointに続いてスカーレット・ヨハンソンを起用しているが、彼女演じるSandraの垢抜けない雰囲気がなかなかよかった。サスペンスとしてはありきたりであったが、肩がこらない日曜の昼下がりにみるには恰度よい作品になっている。
 監督はかつて映画作りは才能であると言い切っていた。確かにあの脚本はそう言い切るだけのものはあるかも知れない。邦題は『タロットカード殺人事件』

06 décembre 2008 

mon petit déjeuner 5:journalet

 最近からこのサイトをご覧になってくださっている方からは食い物ばっかり!とご叱責をうけそうだが、今日のエントリも朝食の話。今朝は某寿司店でテイクアウトした焼き鯖寿司を軽くレンジであたためていただいた。やはり朝ご飯はしっかり食べた方がいい。昼間へたらない。
 
 食後のお茶は京都・一保堂の玉露・天下一。茶器は初代奥川忠右衛門の白磁玉露。熟練と洗練を感じさせる逸品。お茶を注ぐと白の模様に光が差す。これを日本酒を呑む時のお猪口代わりにも使ってる。急須は南部鉄器の無花果。お湯を絶妙な温度に保ってくれる。鍋敷きも南部鉄で相性も抜群である。
 お茶請けは京みずはの秋限定「金時さん」。徳島産の鳴門金時と大納言小豆を北海道産テボ豆の白羊羹に混ぜ良く蒸し上げ、銅板で天焼きしたもの。これは絶品。
 え?今日は何の日かって?何もない、土曜日です。

03 décembre 2008 

Mon disque dur cassé!!!

 愛機Powerbook G4がクラッシュし、データが失われた。消失したのは、写真や私的に書きためておいた文章。論文や資料など仕事関係のファイルは職場にあり、事なきを得た。ノート本体も買い換えを免れた。これを不幸中の幸いという。だが「不幸中の幸い」とは、おおむね不幸だ。
 言うなればシステムが勤続疲労を来していたのだろう。今はOS Xがリフレッシュされ、動きが軽快になっている。各種ソフトの設定を新たにしなくてはならないのは面倒ではあるが、気を取り直していくしかない。やはりバックアップとリフレッシュは大切だ。