人のセックスを笑うな:films
井口奈己監督の『人のセックスを笑うな』を観た。39歳のユリは電車に乗り遅れ、早朝の暗いトンネルを通るはめに。そこに美大に通う青年・みるめたちの車に遭遇し、彼らに乗せてもらうことに。
その後、みるめはキャンパスの喫煙所でユリと偶然再会する。みるめにリトグラフの手伝いをさせるユリはみるめを絵のモデルに誘う・・・。
既婚の教職にある人間が、学生を職業的に誘い出し、関係をもつ。この物語、ある意味で純愛だが、構図としては立派なセクハラである。まあ、こんなことを言うのは無粋というものなのだろう。
無垢で礼儀正しく、従順で、清潔感漂う・みるめ。年上なのに可愛い、年下にも甘えるが、精神的な落ち着きもある。そして決して説教をしない女性・ユリ。みるめはユリにすっかりメロメロになってしまう。
「だって触ってみたかったんだもん」と自らの感覚に素直に行動するユリは、既婚者であった。それを知らなかったみるめは懊悩する。個人的に気になったのはユリの年齢。かなり年上の夫との間には子供はいない。若い男の子と金銭を介在させずに向き合うラストチャンス。そうした意識があったのかは判らないが、40の声を意識しない年齢ではない。きっと僕たちは思った以上に十進法の思考に囚われている。
ある意味ユリの行動は「おじさん的」なのだが、この物語は女性の理想を具現化したものなのだろう。20そこそこの透明感のある男の子に、アトラクティヴでナチュラルでありつづけることは、年齢を重ねた女性の理想なのかもしれない。
ターニングポイントは ユリが指を切って、夫に手当をしてもらうシーン。彼女の不倫を疑いもしていない風情の夫のやさしさに触れ、ユリは我に返ったのだろうか。突然、みるめの前から姿を消してしまう。それからはみるめの苦悩が映し出される。それにみるめの同級生・えんちゃんのみるめへの思いが絡む。現代では彼女のような女の子が一つの「カワイイ」モデルとなるのだろう。個人的な印象ではえんちゃんはあまりに幼稚。その所作も行動も。あれでは大人の女性の敵ではない。
演出は長回しを多用する。構成面の合理性を追求することで、かえって不自然さが残るのを嫌ったのだろうか。ゆったりとしたありのままのテンポを出したかったのだろうか。これが時に冗長に映る。この長さに倦まないとしたら、俳優たちの絵力とナチュラルなカメラの構図が中和しているのだろう。
