ma montre:journal
携帯電話もなく、腕時計ももっていない社会人というのがいる。それはボク。周囲の大多数の人は両方もっており、あとの少しはどちらかを持っている。両方もっていないのは寡聞にしてきかない。それでも研究室や自宅ではパソコンがあるので困らないが、困るのは授業の時。これまでは昔使っていた携帯電話(解約済)を時計代わりにしていたが、充電を忘れた時には時計なしで90分の授業をこなすことになる。授業にはペース配分というのがあるので、これは結構、面倒だ。
そこで携帯電話を契約するか、時計を買うかで迷った末、腕時計を買った。時計を持っていないボクでも、腕時計についてはちょっとだけ詳しい。まあROLEXが世界の最高級と思っている人よりは多少知っている程度であるが。
中途半端で余計な知識故か心から大切にしたいと思える一生ものの時計を選びきれずにずっと過ごしていた。実を言えば、ずっと欲しかったのはPATEK PHILIPPEのCalatravaとVacheron ConstantinのMillésime、そしてPhilippe DufourのSimplicity。いずれもクラシカルでシンプルなデザインの筐体に職人の技術がギッシリと詰まっている手巻き時計の逸品である。しかし、ボクごときが購入できるような値段ではないし、日常使えるような代物ではない。分不相応。まさに僕にピッタリの言葉だ。
僕が探していたのは最近流行のデカイ筐体でゴツゴツしたタイプではなく、クラシックでシンプルで、エレガントなものだ。上記のようなものまではいかずとも、JAEGER-LECOULTREの中古ぐらいならひょっとして手が届くかもしれない、あるいはGIRARD-PERREGAUXなら新品も・・・などと夢想しながら時計ナシ生活を続けていた。
一般に高級時計と言われるのは手巻きか自動巻である。クォーツのそれは高級のうちには入らない。手巻き時計や自動巻時計はデザインもよく、まさに一生モノなのであるが、維持費も手間も一生モノ。手巻き時計ならほぼ毎日同じ時間に同じ回数分ねじを巻く作業が必要とされるし、生活防水さえないので、使用には細心の注意を払わなければならない。さらに3〜4年に一回はオーバーホールをしなければならないし、それには約5万円のお金がかかってしまう。本体の高さもさることながら、OHも一流の技術を必要とする。しかし、手巻き時計や自動巻時計はどんなに精度を誇るものでも、Quartz以上の精度はほぼ望めないのである。どんな高価なものでも日差±10秒以上のズレが生じる。有名ブランドの数十万円のQuartzというのがあるが、正直、あれはいただけない。内蔵されているmovementがQuartzなら、価格に十万単位の開きがあっても時計の性能としては大差がないかもしれないのである。しかも、内蔵されるmovementはETA社の同じレベルだったりする。極端なことをいえば、外側のデザインだけ違うのに値段が格段に違うことがあり得る。それゆえ数十万円のクォーツを身につけている人をみると、時計が好きなのではなく、単に見栄を張りたいだけに思えてしまう。それを意識していなければ時計の知識が欠如しているということを露呈するようなものだ。さらにアナログのQuartzは磁気による影響を受けやすい。時計に磁気が残りやすく、携帯電話やパソコンと一緒に使うと狂いやすい。そんなときは販売店などで脱磁を行なう必要がある。50年前ならまだしも、パソコンを使うたびに時計を外すワケにはいかない。時計でもっとも評価されるべき精度、値段、デザイン、利便性、手間などの諸要素が全く比例しない。時計選びのジレンマはここにある。
本当の時計好きというのは、たとえ手間暇と維持費がかかってもそれが苦にならず、それらを愉しみに昇華している人々だ。あるいは時計メーカーの歴史と技術に敬意を払い、その全てを愛する人々である。しかし、ボクは長い長い時間をかけて時計を維持していく自信がない。この先も本当の時計マニアになれないと思う。そんなボクが一本の時計を選んだ。今のところ、結構、気に入っている。
そこで携帯電話を契約するか、時計を買うかで迷った末、腕時計を買った。時計を持っていないボクでも、腕時計についてはちょっとだけ詳しい。まあROLEXが世界の最高級と思っている人よりは多少知っている程度であるが。
中途半端で余計な知識故か心から大切にしたいと思える一生ものの時計を選びきれずにずっと過ごしていた。実を言えば、ずっと欲しかったのはPATEK PHILIPPEのCalatravaとVacheron ConstantinのMillésime、そしてPhilippe DufourのSimplicity。いずれもクラシカルでシンプルなデザインの筐体に職人の技術がギッシリと詰まっている手巻き時計の逸品である。しかし、ボクごときが購入できるような値段ではないし、日常使えるような代物ではない。分不相応。まさに僕にピッタリの言葉だ。
僕が探していたのは最近流行のデカイ筐体でゴツゴツしたタイプではなく、クラシックでシンプルで、エレガントなものだ。上記のようなものまではいかずとも、JAEGER-LECOULTREの中古ぐらいならひょっとして手が届くかもしれない、あるいはGIRARD-PERREGAUXなら新品も・・・などと夢想しながら時計ナシ生活を続けていた。
一般に高級時計と言われるのは手巻きか自動巻である。クォーツのそれは高級のうちには入らない。手巻き時計や自動巻時計はデザインもよく、まさに一生モノなのであるが、維持費も手間も一生モノ。手巻き時計ならほぼ毎日同じ時間に同じ回数分ねじを巻く作業が必要とされるし、生活防水さえないので、使用には細心の注意を払わなければならない。さらに3〜4年に一回はオーバーホールをしなければならないし、それには約5万円のお金がかかってしまう。本体の高さもさることながら、OHも一流の技術を必要とする。しかし、手巻き時計や自動巻時計はどんなに精度を誇るものでも、Quartz以上の精度はほぼ望めないのである。どんな高価なものでも日差±10秒以上のズレが生じる。有名ブランドの数十万円のQuartzというのがあるが、正直、あれはいただけない。内蔵されているmovementがQuartzなら、価格に十万単位の開きがあっても時計の性能としては大差がないかもしれないのである。しかも、内蔵されるmovementはETA社の同じレベルだったりする。極端なことをいえば、外側のデザインだけ違うのに値段が格段に違うことがあり得る。それゆえ数十万円のクォーツを身につけている人をみると、時計が好きなのではなく、単に見栄を張りたいだけに思えてしまう。それを意識していなければ時計の知識が欠如しているということを露呈するようなものだ。さらにアナログのQuartzは磁気による影響を受けやすい。時計に磁気が残りやすく、携帯電話やパソコンと一緒に使うと狂いやすい。そんなときは販売店などで脱磁を行なう必要がある。50年前ならまだしも、パソコンを使うたびに時計を外すワケにはいかない。時計でもっとも評価されるべき精度、値段、デザイン、利便性、手間などの諸要素が全く比例しない。時計選びのジレンマはここにある。
本当の時計好きというのは、たとえ手間暇と維持費がかかってもそれが苦にならず、それらを愉しみに昇華している人々だ。あるいは時計メーカーの歴史と技術に敬意を払い、その全てを愛する人々である。しかし、ボクは長い長い時間をかけて時計を維持していく自信がない。この先も本当の時計マニアになれないと思う。そんなボクが一本の時計を選んだ。今のところ、結構、気に入っている。