Strip Search:films
Sidney LUMET監督のStrip Searchを観た。北京とNYで、突然ある男女がそれぞれ逮捕される。そして、異性の尋問官に取り調べを受けることになるが、一方的で執拗な尋問に被疑者は次第に追いつめられていく。
911以降、多くの外国人がテロリストの疑いをかけられて逮捕、拘留された。このことを題材にとった限りなく真実に近いフィクションで、テロ対策の名目で人権が蹂躙されるさまが描かれる。世間に出れば、器物損壊罪、侮辱罪、強制猥褻、暴行罪になることが尋問の場は取り調べの名目でほぼ無法地帯となる。911以降、多くのアラブ系の人々が確たる疑いもないままに劇中にあるような過酷な尋問を受けたことは想像に難くない。あらゆる手段で自尊心を破壊し、ギリギリと追いつめていく。こんな悪夢に勝る強烈な取り調べを受ければ、誰もがtraumaになるであろう。これまで「拘留が1週間延長されました」というニュースを割に軽い感じで聞いていたが、これからはそんな気分にはなれないであろう。
物語は北京とNYがそれぞれの舞台になり、途中でアメリカの「自由」を謳い上げる歴代の大統領たちの演説が挿入される。尋問でのやりとりの台詞は殆ど同じであるが、明白な非対称性もある。それは北京でもNYでも尋問官は英語を話していることだ。尋問が自国語で行われるアメリカ人と外国語で行われる「アラブ系」(どこの国か不明)の状況は天と地ほどの違いがある。同じ行為をしていても、中国で尋問を受けるアメリカ人の方がまだ「マシ」である。
アメリカが日本の取り調べのあり方を批判する時、取り調べに弁護士を立ち会わせないことをが引き合いに出される。このドラマを見れば、アメリカ側が何故そのことを批判するのかがよく判る。アメリカ側自身がそれをやっているからだ。これはキューバの米軍グアンダナモ基地での拷問などを例に出すまでもなく、直近の歴史が物語っている。
最後に被疑者だけでなく、尋問官も無傷ではないことを匂わせる。尋問後、二人の尋問官に漂うのは払拭しがたい虚脱感である。職務故の行為なのか、「正義感」故のものなのかは不明だが、尋問官の人間性も破壊されるであろう。
映画の冒頭では、大学の講義風景が映し出される。テロを未然に防ぐことができれば、自分の自由が多少なりとも拘束されることを受け入れるか?という問いかけがなされる。学生は1日ぐらいだったら、1週間ぐらいだったら、1ヶ月ぐらいだったら・・・という問いに答える。ドラマの最後にも同じ質問が視聴者に投げかけられるが、このドラマを観た後は1日たりとも自分の自由を犠牲にしたくないと思うであろう。テロではないが、今 年になってバージニア工科大学での銃乱射事件が起きたが、それによりアジア系の学生が攻撃対象になるのではないかと懸念した。その僕の懸念は一般人のア ジア系学生への嫌がらせを想像したのであるが、むしろ公権力による犯罪対策に名を借りた尋問の方がより恐ろしいのではないだろうか?
おなじみの問いだが、日本ではこんなことは起こりえないのであろうか?昨今のテロ対策の名目で成立している法律を考えると、その答えは自然と明らかである。おー、コワっ。邦題は『強制尋問』。
