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22 mai 2007 

春の雪:films

行定勲監督の『春の雪』を観た。三島由紀夫『豊饒の海』四部作の最初の一作を原作にして制作された作品。
 大正時代を背景に耽美に描いている。『SAYURI』ほどではないが映像としてはどことなくキッチュな印象を受けた。調べてみるとカメラマンが台湾の李屏賓。王家衛監督の『花様年華』などを撮っている人物だ。あまりにカラフルでどことなく感じた違和感が全てカメラマンに帰するわけではないが、因果の一つではあるであろう。
 全体にやや冗長で、それほど心に残る台詞はない。
脚本があまり練られていないような印象である。人気俳優を使っているが、台詞がなんだかぎこちない。逆に蓼科をはじめとする脇役のインパクトが強すぎる。四作を通じての主人公であり、傍観者でもある本多繁邦のキャラクターやストーリーがやや脚色され、薄められている。なんだか中途半端な印象は拭えない。さらに、第三作『暁の寺』で清顕の生まれ変わりとされるタイの王女ジン・ジャンの写真を、映画の中でタイの王子たちから見せられるシーンがある。これはちょっとマズイのでは?と思ったし、そもそも『豊饒の海』のテーマである輪廻転生がこの映画では全く描かれていないのはいかがなものか。
 原作のラストは月修寺。奈良にある尼寺・円照寺がモデルとされている。確か原作では円照寺に至る参道で松枝清顕は死去することになっている。大学時代に奈良を旅行した際、この円照寺も訪れたことがあるが、三島の描写の正確さに驚きを覚えた。このお寺は四部作の完結編である『天人五衰』のラストの舞台になっている。そこで再び聡子が登場する。そして、本多に「清顕という人など存じません」と言い放つ。その後に三島が自殺することを考えると、戦慄を憶えるラストであった。
 四部作全てを映画化するのだろうか?興行的に成功しなかったからきっと無理であろう。そもそも、興行的に成功しなかったのは何故だろうか?現代でも制約はあるであろうが、「禁断の恋」という設定が現代ではリアリティを失っているからだろうか。
 最後に、果たして聡子が皇族との婚約が破談になった理由は聡子が精神疾患を患っていたことが発覚したからである、と報道される。井上章一の『狂気と王権』は主に皇室に関わる事柄と精神異常という医師の診断に密接な関係があったことを論じている。「禁断の恋」より
こちらのテーマの方が遙かにリアルである。皇室に嫁ぐ「普通の女性」が皇族との婚約を自ら破棄することはあってはならないし、あり得ない(はずである)。だからそれを逆転させ、彼女が「普通の女性」ではなく、精神疾患を患っていたからそのような「愚挙」を犯したとして処理し、「高貴なものの神聖性」を守る。大正時代なら常套手段であったということか。現代でも裁判などの場で似たようなことはあるのかもしれない。