Quelques films sur la guerre:films
最近観た映画。桜坂劇場にかかっていたこととWOWOWにかかっていたことで、二日のうちに第二次世界大戦関連の作品を3本観た。
池谷薫監督『蟻の兵隊』、アレクサンドル・ソクーロフ監督『太陽』、オリバー・ヒルシュピーゲル監督『ヒットラー最後の12日間』。ヒットラーはパリで観ていたが、台詞が不明な点があったため、正確には二度目である。
まず『蟻の兵隊』と『太陽』だが、前者は兵士として中国に赴き、軍の命令で山西省に残留した兵士のドキュメンタリー、後者は昭和天皇裕仁を題材にしたフィクション。前者の奥村氏は20歳から80歳の老境に到るまでの人生の殆どといっていいほどの長いタイムスパンを射程にしているのに対し、後者の裕仁は「人間宣言」前の数日の姿のみを切り取っている。そして前者が人間としてではなく、兵士としての性格を浮き彫りにしているのに対し、後者は天皇としてではなく、彼の人間性を「表現」しようとしている。前者が血の出るような圧倒的なリアリティをもって「戦争の真実」に迫ってきたのに対し、後者の耽美な映像につつまれてつかみ所のないキャラクターが「戦争の真実」から観客の目を遠ざけようとしているようにさえなる(そもそもロシア人監督にはそんな意図をもっていないかもしれない。)。戦後60年経過した今も、戦争当時も両者の間には天と地ほどの径庭を存している。私にとっては後者の「芸術性」よりも、前者のリアリティがより人生への教訓を与えてくれたし、現代の日本を考える上でより多くの示唆をあたえてくれる作品であると感じた。当然ながら観ておくべき作品は『蟻の兵隊』である。
『太陽』の描き方はなぜか『ヒットラー最後の12日』に非常に似ている。後者はヒットラーが地下シェルターに入り、死ぬまでの12日のできごとを描くが、いずれも両者は閉ざされた空間におり、彼らの人となりを具体的に検証することは一部の人間を除いては今となっては極めて難しいという現状であること、そして彼らがいずれも人間としては非常に優しい人物として描かれていることである。この一致は何故なのだろう?密室で、しかも時限を区切ることでしか彼らの「人間的にやさしい一面」を描くことが困難だからなのかもしれない(徹頭徹尾の悪人はいないという点でどんな悪人でもこのように描くことは可能である。パティ・ジェンキンス監督『モンスター』やベネット・ミラー監督の『カポーティ』をみよ)。『最後の12日』のラストにヒットラーの秘書・ユンゲがコメントを寄せている。彼女は最初は自分は何も知らなかった、知らなかったから仕方なかったのだと思っていたが、ユンゲと同じ年に生まれ、ユンゲがヒットラーの秘書に任命された時に処刑されたゾフィー・ショルのことを知ったときにその考えを改めたという。「若かったことは理由になりません。きちんと目を開いていればわかったはずです」と言っていたのが印象的である。戦争当時、昭和天皇への情報は極めて限定されており、日本の状況をちゃんと理解するような環境にはなかったのだ(→だから昭和天皇には罪はない)、という言説をよく耳にする。そもそもそんなことがあり得たのかは不明だが、仮にそうでもユンゲのコメントにならえば「ちゃんと目を見開いていればわかったはず」だったのではないか。この3本に加え、あわせてマルク・ローテムント監督の『ゾフィー・ショル 最後の日々』をご覧になることをお薦めする。
池谷薫監督『蟻の兵隊』、アレクサンドル・ソクーロフ監督『太陽』、オリバー・ヒルシュピーゲル監督『ヒットラー最後の12日間』。ヒットラーはパリで観ていたが、台詞が不明な点があったため、正確には二度目である。
まず『蟻の兵隊』と『太陽』だが、前者は兵士として中国に赴き、軍の命令で山西省に残留した兵士のドキュメンタリー、後者は昭和天皇裕仁を題材にしたフィクション。前者の奥村氏は20歳から80歳の老境に到るまでの人生の殆どといっていいほどの長いタイムスパンを射程にしているのに対し、後者の裕仁は「人間宣言」前の数日の姿のみを切り取っている。そして前者が人間としてではなく、兵士としての性格を浮き彫りにしているのに対し、後者は天皇としてではなく、彼の人間性を「表現」しようとしている。前者が血の出るような圧倒的なリアリティをもって「戦争の真実」に迫ってきたのに対し、後者の耽美な映像につつまれてつかみ所のないキャラクターが「戦争の真実」から観客の目を遠ざけようとしているようにさえなる(そもそもロシア人監督にはそんな意図をもっていないかもしれない。)。戦後60年経過した今も、戦争当時も両者の間には天と地ほどの径庭を存している。私にとっては後者の「芸術性」よりも、前者のリアリティがより人生への教訓を与えてくれたし、現代の日本を考える上でより多くの示唆をあたえてくれる作品であると感じた。当然ながら観ておくべき作品は『蟻の兵隊』である。
『太陽』の描き方はなぜか『ヒットラー最後の12日』に非常に似ている。後者はヒットラーが地下シェルターに入り、死ぬまでの12日のできごとを描くが、いずれも両者は閉ざされた空間におり、彼らの人となりを具体的に検証することは一部の人間を除いては今となっては極めて難しいという現状であること、そして彼らがいずれも人間としては非常に優しい人物として描かれていることである。この一致は何故なのだろう?密室で、しかも時限を区切ることでしか彼らの「人間的にやさしい一面」を描くことが困難だからなのかもしれない(徹頭徹尾の悪人はいないという点でどんな悪人でもこのように描くことは可能である。パティ・ジェンキンス監督『モンスター』やベネット・ミラー監督の『カポーティ』をみよ)。『最後の12日』のラストにヒットラーの秘書・ユンゲがコメントを寄せている。彼女は最初は自分は何も知らなかった、知らなかったから仕方なかったのだと思っていたが、ユンゲと同じ年に生まれ、ユンゲがヒットラーの秘書に任命された時に処刑されたゾフィー・ショルのことを知ったときにその考えを改めたという。「若かったことは理由になりません。きちんと目を開いていればわかったはずです」と言っていたのが印象的である。戦争当時、昭和天皇への情報は極めて限定されており、日本の状況をちゃんと理解するような環境にはなかったのだ(→だから昭和天皇には罪はない)、という言説をよく耳にする。そもそもそんなことがあり得たのかは不明だが、仮にそうでもユンゲのコメントにならえば「ちゃんと目を見開いていればわかったはず」だったのではないか。この3本に加え、あわせてマルク・ローテムント監督の『ゾフィー・ショル 最後の日々』をご覧になることをお薦めする。
