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09 novembre 2006 

achat écologique:journal

 先日も新聞に出ていたのだが、2006年度新聞広告クリテーティブコンテストの最優秀賞のキャッチコピー「エコ買い」というのが新聞の全面広告で掲載されていた。左の画像にあるコピーである。これは、スーパーで古い牛乳から消費者が積極的に購入することによって、賞味期限切れで捨てられる商品を減らし、ひいてはCO2を減らそうという意図があるようだ。審査委員の講評に「棚の奥から新しい商品を取るという行為は「私もしている」と罪悪感をもった。古い順に商品を買うことがエコだという視点にハッとさせられた」とある。僕はハッとするどころか、この主張には違和感をぬぐえない。賞味期限をチェックして棚の後ろから新しい牛乳を買う。同様のことを「僕もしている」のだが、罪悪感は感じない。むしろあざとい方法で古い商品を買わせようとしている売り手に「罪悪感」を感じて欲しいとさえ、思っている。フランスではむしろ新しい商品が前の方に置かれていたので、わざわざ屈んで後ろから牛乳をとる面倒を常に感じていた。お年寄りはさぞかしつらかろうと思いながら。自分がこう思う背景には牛乳の鮮度偽装事件やスーパーのリパックをはじめとする経営重視の営業体質があるからである。そもそもスーパーで廃棄される商品を減らしたいなら消費者に鮮度の落ちた商品を買うように促すのではなく、そもそもスーパーの仕入れ量を減らせばいいのである。
 現代社会における商品の流通は極めて複雑だが、確かに総体としての「消費者」の意図が大きく反映していることは確かである。しかし個人がコントロールしているという実感は乏しい。多くの商品が並ぶ中、いつも購入するのはごく限られた商品なのだから。むしろ我々は廃棄される商品が必ず存在することを前提とした高くつり上げられた価格で商品を買わされているのである。一消費者の立場なら仕入れ量を減らして価格が下がるなら多少の在庫不足は問題にならないのではないか。また、鮮度が落ちたものが安くなっているならともかく、鮮度が違うのに同じ値段の商品を「CO2を減らすために」古い方を買いなさい、というのは痛みを消費者へ押しつける方便である。この方法なら事業者の営業成績を落とさないように在庫処理を減らすことができるかもしれない。しかし「賢い主婦」ともちあげて、負担をつけ回すようなやり方をこの広告に感じてしまうのだ。他にも色々とあるが、これが僕の違和感の源泉である。
 市内の何十カ所で、そもそも住民の数に見合わない大量の商品が山と積まれている。どこも同じものを売っている。こういうことを見なおすことが重要である。流通の改善は単純ではないが、売れ残るほど仕入れるな!と言いたい。これは一人の消費者として主張であり、ニーズである。最近は廃棄処分にしたものは家畜の餌にしたり、その他の転用をはかっているとのことである。鮮度の低い牛乳を買うことより、物流の量を抑えて、廃棄する道筋をつける方が先決ではないだろうか?