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12 novembre 2008 

C'est toujours la même ritournelle!

 千葉でまたもや、無差別殺人が行われた。容疑者はまたもや、「誰でもよかった」と言っているそうである。
 もはやこの科白は無差別殺人者の常套句となっている。これを聞くたび、本当にそうだったのだろうかと思う。むしろ「自分を知っている誰かではなく、自分の知らない誰か」を「選んで」行っているようにしか見えない。
 報道によると、千葉の事件は父親とのトラブルが関係しているらしい。別の事件でも、母親との諍いが引き金になった。なぜ、トラブルの直截原因となった人物に犯行が向かわないのか?
 あれほどの犯行に至る人間の心の裡を理解することは難しい。ただ想像するに、親殺しの代償行為のようなものだったのではないか。つまり親を殺すには忍びない、だけど困らせてやりたいといった気持が根底にあったのではないか。自然災害や事故のように、知っている誰かが死ぬより、知らない誰かが死ぬ方が、自分の心に及ぼす影響が少ないと思ったのかも知れない。
 親は厄介であると同時に、究極的に自らを庇護する存在にもなりうる。そうした存在を残しておきたかった。凶悪な犯行のなかにも、彼らの打算が見え隠れする。
 ・・・なんてことを朝のエスプレッソを飲みながら考える。