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25 avril 2007 

Le monstre:films

 봉준호監督の괴물を観た。米軍の科学者が漢川に大量に化学物質を流したことが原因で生まれた怪物が漢川を暴れ回るというストーリーで、最初は普通の怪獣モノだと思い、あまり期待していなかったが、結構面白かった。
 何が面白かったかというと、怪物が出現した時の人々の反応である。これらの反応はある種、韓国社会を皮肉ったり風刺したりするシーンがdetailに織り込まれている。また、韓国の全共闘世代ともいわれる386世代についても描写されており、学生運動で火炎瓶を投げながらもちゃっかり大企業に就職したり、家族の次男のように大学を出てもロクな就職にも就けない者がいたり、映画の全編を流れる反米的な雰囲気もこの世代の雰囲気を表しているのかも知れない。
 一家は愛娘の奪還に立ち上がるが、誰もが何だか冴えない。
このポスターでは一家は凛々しい顔つきであるが、映画のなかのキャラクターと随分違うので改めてみると笑ってしまう。特に主人公のダメ男ぶりは怪物という大いなるものとの戦いを通じても、変わらない。娘の手を引いているかと思いきや他人の少女で、娘は怪物にさらわれてしまうし、発砲した拳銃の球数を間違えて父親を殺されてしまうし、奮闘空しく娘は結局、死んでしまう。ダメな男が非常事態には意外な力を発揮するような、ありがちなキャラクター作りを否定し、そうした安易な成長物語に肩すかしを喰らわせている。結果的に怪物は殺されることになるが、この物語はハリウッドにありがちなカタルシスを観客に与えてくれない。怪物が出現しても、怪物がいなくなっても、何も変わらない社会の状況を感じるのである。
 この映画、怪物の造形が過去の日本のアニメと似ているとかそうした話があるようであるが、そうした議論は本質的ではない(まあそんな話はないにこしたことはないが)。日本のゴジラは人間が作った核の副産物として生まれ、それが社会で暴れ回るという皮肉をモチーフにした物語である。日本の場合、意外にも多くの怪獣モノが多かれ少なかれそういう社会性を持っている。この映画のポイントは怪物の造形が云々ということではなく、怪物を出現させた、また怪物が出現した時の韓国
社会のありようなのである。邦題は『グエムル−漢川の怪物』。因みにグエムルは「怪物」の朝鮮語読み。