Le Temps du Loup:films
Michael Haneke監督のLe Temps du Loupを観た。舞台はヨーロッパ。疫病が発生し、生活が危機的状況に陥る中、GeorgeとAnnaは二人の子供とわずかな貯えを持ち、田舎の別荘へ向かう。しかし、そこには他人が侵入しており、Georgeは射殺されてしまう。Annaは二人の子供とともに路頭に迷ってしまう・・・。
この物語自体はSF風の設定をしているが、これは起こりえない恐怖を描いたものだろうか?それは違う。実際に紛争や災害によって住居を追われ、共同生活を余儀なくされた人も世界には大勢いるし、情報もなく、金も紙切れ同然になり、希望もなく、流言飛語によって混乱させられ、それを信じ込んでしまう精神状態になることは十分にあり得る(混乱状態でなくても信じる人間は多いが)。水道水が故意か過失か何らかの理由で汚染され、疫病が発生する可能性は現実世界でも否定できないし、実際にこれまで起こったことである。また、混乱状態のなかで外国人などの被差別者が犯罪の嫌疑をかけられたり、不条理な怒りのはけ口になることも、実際に起こったことである(関東大震災の時、「朝鮮人が井戸に毒を入れた」という噂から端を発し、朝鮮人の虐殺が行われたことや、新聞がデマを検証なしに取り上げて不安を増幅させたのはその証拠である。) この物語はフィクションであるが、過去に現実に起こったことを考えると極めてリアルで、決して未来の、外国の、自分とは全く関係ない不幸ではない。そんな思いを抱きながら画面を凝視してしまった。恐怖を与えることを狙った凡百のホラーよりも、ずっと恐ろしい作品である。
しかし、この映画には一縷の救いのようなものもあった。火の中に飛び込もうとする少年Bennyを制止しながら、少年を宥めるシーン。少年に語りかけられる台詞は不器用だが、心を打つ力と優しさを感じる。そして、ラストの車窓からみえるフランスの田園風景。他の映画で同じようなカットを何度も観たことがあるが、このカットほど希望や期待を抱きながら観たことはなかった。このラスト、僕の中では紛争から逃れて亡命する人々の視線と重なった。
この映画、カンヌを席巻した『ピアニスト』の前に製作されたようだが、監督やIsabelle Hupperの営業努力にもかかわらず上映できなかったそうである。しかし『ピアニスト』の成功により、ようやく日の目を見たそうである。あれだけの実績がある監督の作品でさえも上映が難しいことに、市場原理の不幸を感じる。邦題『タイム・オブ・ザ・ウルフ』。
