incompatibilité définitive
読売新聞のweb版を観て、「おとな館」なる項目を見つけた。そこには「カイケツ!!長井調査室」と銘打って「結婚できない男たち」というネット番組を放映していたので興味を持って観てみた。
そのなかでは結婚できない男たちを、モテない系、ビビリー系、白雪姫追い求め系、3分類していた。ビビリー系とは結婚や女性に腰が引けてしまう人たちのようであり、白雪姫追い求め系というのは理想が高いために結婚できない男なのだそうだ。モテない系は言わずもがな。
ここで紹介されていたのは、親同士の代理見合い!親同士が条件闘争の末、お見合いをセッティングする。学歴、年収、身長など赤裸々なデータをもとに値踏みする姿は凄まじい。自分たちの結婚の惨状を棚に上げてここまで躍起になるのは何故だろう?単に老後の手慰みという線も大いにあるが、想像するに結婚していない息子や娘を持っていることへの世間体の悪さ、自分に代わって息子や娘の面倒をみる人間(配偶者)ができることによる解放感、そして自らの介護への保険・・・といったところだろうか。共通するのは結婚が子どもの幸せに直結すると疑わない脳天気さだ。
「親がここまでするのか?」「親がこうしている間に子どもは何をやっているのか?」という批判めいたコメントも番組司会者から聞かれる。確かに当の本人は何をやっているのかと思うが、本人が親ほど結婚に積極的かは不明である。単なる親のお節介という可能性もある。
また、モテない男のナンパ塾なるものを紹介していた。服装やデート・コース、恋愛する能力を総合的に高めるように講師が指導するようだ。2年(!)も通っている男が女性に必死に路上でナンパを実行していた。また名古屋にはNPOの花ムコ学校があるという。結婚は大きな産業である。当たり前だが、経済システムの一環であるが、ここまでくると番組の司会者は心も体も冷え切っている男=低温男、人との付き合いをおぼえろ!と次第に説教モード。
かたや女性の方は、最近はかつての3高にかわって、「3C」や「3低」という言葉で理想の相手を表現することが紹介されていた。ほんとうに人口に膾炙しているかは甚だ疑問であるが、3Cとはcomfortable(快適な生活を送るのに十分な経済力)、comunicative(理解し合える、学歴や階層が自分より上)、cooporative(家事を協力してくれる)で、3低とは=低姿勢、低リスク、低依存との話。低リスクは安定した職業と収入、低依存とは相手が自分にあまり依存しないということらしい。3高とあまり変わらず、高身長が外れて、「低姿勢」という言葉が出てくる。これはそのままの意味だが、決して高身長を否定していない。
番組では結婚できない男について自分たちで勝手にカテゴリーを設けておきながら、もてない系でさえも理想が高い!と、さも分不相応な理想と批判を言外ににおわせてレポートしていた。
結局は「がんばれ、若者たちと言うしかないのかな」というこの番組の題名「カイケツ!!長井調査室。」を否定するような投げやりなコメント。そして男女の状況を「悲劇的なミスマッチ」と言っておきながら、最後はこう締める。「これからも面白いレポートを宜しくお願いします。」
あまりにもお粗末なレポートだった。腹が立ったのはこの程度のレポートしかできない人間の視点が大気圏を突破するほどの高みから「結婚できない男」を見下ろしていること。「いずれ結婚したいですか?」と聞かれれば殆どの人間がyesと答える。ある統計で90%がそう答えるとあった。しかし、「誰でもいいから結婚したいですか?」と聞かれてyesと答える人間はいない。90%は当然ながら条件付きyesである。また、なかにはこの質問に飽き飽きしてとりあえずyesと答える人間も多いのではないだろうか。なぜならこの質問にnoと言った時点で、その理由をあれこれ挙げなければ(時には自分が納得しなければ)質問した人間は引き下がってくれないからだ(特に学生にはこの手合いが多い)。質問者を納得させることがnoと言った人間が果たすべき使命とでも思っているかのようである。yesといえば、どうしてyesなのか?などとは切り返してこない。納得するまでyesの理由を問われることは決して、ない。今の日本の社会では配偶者がいなくても快適に過ごすことは十分可能である。困ることは全くない訳ではないが、結婚してその困難が解消されても、別の困難が発生する(らしい)。単なる質の違いである。配偶者がいれば人生はまた違ったものになるだろう。しかし、シンプルに生きたいなら、結婚はあまりにも複雑である。
そのなかでは結婚できない男たちを、モテない系、ビビリー系、白雪姫追い求め系、3分類していた。ビビリー系とは結婚や女性に腰が引けてしまう人たちのようであり、白雪姫追い求め系というのは理想が高いために結婚できない男なのだそうだ。モテない系は言わずもがな。
ここで紹介されていたのは、親同士の代理見合い!親同士が条件闘争の末、お見合いをセッティングする。学歴、年収、身長など赤裸々なデータをもとに値踏みする姿は凄まじい。自分たちの結婚の惨状を棚に上げてここまで躍起になるのは何故だろう?単に老後の手慰みという線も大いにあるが、想像するに結婚していない息子や娘を持っていることへの世間体の悪さ、自分に代わって息子や娘の面倒をみる人間(配偶者)ができることによる解放感、そして自らの介護への保険・・・といったところだろうか。共通するのは結婚が子どもの幸せに直結すると疑わない脳天気さだ。
「親がここまでするのか?」「親がこうしている間に子どもは何をやっているのか?」という批判めいたコメントも番組司会者から聞かれる。確かに当の本人は何をやっているのかと思うが、本人が親ほど結婚に積極的かは不明である。単なる親のお節介という可能性もある。
また、モテない男のナンパ塾なるものを紹介していた。服装やデート・コース、恋愛する能力を総合的に高めるように講師が指導するようだ。2年(!)も通っている男が女性に必死に路上でナンパを実行していた。また名古屋にはNPOの花ムコ学校があるという。結婚は大きな産業である。当たり前だが、経済システムの一環であるが、ここまでくると番組の司会者は心も体も冷え切っている男=低温男、人との付き合いをおぼえろ!と次第に説教モード。
かたや女性の方は、最近はかつての3高にかわって、「3C」や「3低」という言葉で理想の相手を表現することが紹介されていた。ほんとうに人口に膾炙しているかは甚だ疑問であるが、3Cとはcomfortable(快適な生活を送るのに十分な経済力)、comunicative(理解し合える、学歴や階層が自分より上)、cooporative(家事を協力してくれる)で、3低とは=低姿勢、低リスク、低依存との話。低リスクは安定した職業と収入、低依存とは相手が自分にあまり依存しないということらしい。3高とあまり変わらず、高身長が外れて、「低姿勢」という言葉が出てくる。これはそのままの意味だが、決して高身長を否定していない。
番組では結婚できない男について自分たちで勝手にカテゴリーを設けておきながら、もてない系でさえも理想が高い!と、さも分不相応な理想と批判を言外ににおわせてレポートしていた。
結局は「がんばれ、若者たちと言うしかないのかな」というこの番組の題名「カイケツ!!長井調査室。」を否定するような投げやりなコメント。そして男女の状況を「悲劇的なミスマッチ」と言っておきながら、最後はこう締める。「これからも面白いレポートを宜しくお願いします。」
あまりにもお粗末なレポートだった。腹が立ったのはこの程度のレポートしかできない人間の視点が大気圏を突破するほどの高みから「結婚できない男」を見下ろしていること。「いずれ結婚したいですか?」と聞かれれば殆どの人間がyesと答える。ある統計で90%がそう答えるとあった。しかし、「誰でもいいから結婚したいですか?」と聞かれてyesと答える人間はいない。90%は当然ながら条件付きyesである。また、なかにはこの質問に飽き飽きしてとりあえずyesと答える人間も多いのではないだろうか。なぜならこの質問にnoと言った時点で、その理由をあれこれ挙げなければ(時には自分が納得しなければ)質問した人間は引き下がってくれないからだ(特に学生にはこの手合いが多い)。質問者を納得させることがnoと言った人間が果たすべき使命とでも思っているかのようである。yesといえば、どうしてyesなのか?などとは切り返してこない。納得するまでyesの理由を問われることは決して、ない。今の日本の社会では配偶者がいなくても快適に過ごすことは十分可能である。困ることは全くない訳ではないが、結婚してその困難が解消されても、別の困難が発生する(らしい)。単なる質の違いである。配偶者がいれば人生はまた違ったものになるだろう。しかし、シンプルに生きたいなら、結婚はあまりにも複雑である。
