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10 août 2009 

concours de jabisen

 琉球新報社主催の琉球古典芸能音楽コンクールの新人部門に出場した。
 コンクール前日。午前中は道場で最終チェック。三線の練習は短く切り上げ、出場に際しての心構えを拝聴する。アドバイスは、十分休養し、飲酒は控え、睡眠をとる。そして、自信をもつ。
 ボクは喉を荒らさないよう、午後からは冷房もせず、辛いものを食べず、三線も握らなかった。ただ、アメトークDVDを観た時、不覚にも声を上げて笑った。夜は薫香堂の伽羅木のお香を焚き、Santa Maria Novellaのポプリを枕元に置いて入眠した。これは安眠に導くための必勝リレーである。
 やはり緊張していたのだろう。5時半に目が覚めた。ニュージーランド産キーウィフルーツと青森産青リンゴ、おにぎりを食べる。午前は声のコンディションが悪いのですぐに練習をしたかったが、早朝のため控える。DVDを返却したついでに車中で歌うも、やはり、アギのところが出ない。
 車で会場に向かう途中、同僚に遭遇。車の信号待ちをした時、言葉を交わす。この時も発声練習の機会を逃す。
 琉球新報到着後、一度、控え室で練習をする。やはり高音が出なかったが、手許は問題なかった。次に兄弟子のNさんに付き添われ、舞台でアギの部分だけ練習をする。この時やっと音程がとれてやや安堵する。その後、Nさん、Tさんに衣装を着せてもらう。周りでは他の出場者が緊張の面持ちで練習をしている。演奏は1Fに置かれたテレビでも映しだされている。
 いよいよ舞台裏に入る。裏では4名が沈黙して出番を待っていた。舞台の演奏が聞こえる。人によって高さが異なるし、歌に「個性」が出るため、自分の音を見失いがちになる。その状態に耐えられず、ボクは師範の歌を録音したケータイで耳を塞ぎ、全神経をイヤフォンに集中させる。
 この時、張りに張り詰めた緊張はMAXに達した。これほどの恐慌状態に陥ったことはあっただろうか。覚えがない。Nさんはそんなボクを見かねて肩を揉んでくれた。ツボにはまって気持ちよかった。やはり凝っていたのだろう。
 いざ出番。舞台裏で人間国宝の照喜名朝一先生が調弦して下さった。初対面である。こんな時にこんな大物と相見えるというのは心情的に微妙なタイミングである。深呼吸をするよう指示されたあと、背中を拳でドンと叩かれ舞台に送り出された。
 演奏前、ちんだみをするが、早くも手許が狂う。

「もうダメかもわらかんね」

 何故か御巣鷹山に墜落したJAL123便のパイロットがボイスレコーダーに残した言葉が脳裏をよぎった。もう一度、深呼吸をして演奏に入る。
 アギは問題なくクリア。しかし声が若干、震える。「いしくびり」の箇所で二度、ツメが流れた。よく間違うところである。やはり日頃が出るのである。「遠さはあらな」は普段通りの演奏であった。約7分間のボクの時間はあれよあれよという間に過ぎ去った。演奏終了と同時に5名の審査員が一斉に用紙に点数を記入した。
 舞台裏に戻るとき、照喜名先生がThumbs upして下さったが、悔いが残る舞台であった。やや項垂れて舞台を後にする。NさんやTさん、もう一人のTさんも「上等」「あれだったら大丈夫」と褒めて下さったが、満足できぬ演奏を聴かせてしまったことに恐縮するばかりだった。受付で自分が演奏した映像のDVDが六千円で買えることになっていた。値段もスキャンダラスだし、買う気などさらさらなかったが、Nさんから次の参考になるからと購入を勧められる。一応購入予約をしたのだが、ボクは直視できないだろう。
 翌日の午後、結果が発表された。果たしてボクは合格していた。師範の話によると合格したなかでも良い方だったそうだ。如上の記述からは意外に思われるかもしれないが、ボク自身も合格はするだろうと思っていた。合格したから言っているのではない。ボクにとっての課題は、あくまでも納得のいく演奏をすることだった。
 やはりボクは不遜な人間である。
三線を始めてまだ5ヶ月の人間が口走ることではない。そんな演奏ができるようになるには時間と練習が必要である。しっかりお稽古して腕を磨かなくては。
 最後になったが師範、兄弟子、励ましを下さった方々に感謝を申し上げたい。特に師範の丁寧で辛抱強い教えには頭の下がる思いであった。安冨祖流は工工四を使わず、師匠との対面指導で200年以上、楽曲を継承してきた。その神髄を垣間見る思いであった。また教育が近代化される以前の、あるべき原点にいざなってくれるような、稀有な体験であった。