Achilles et la tortue:films
北野武監督の『アキレスと亀』を観た。地方の資産家の息子・真知寿は絵画好きの父親の影響もあってか絵を描くことが大好きな少年であった。しかし、父の会社が倒産し、父は愛人と自殺、親戚の家に預けられ、母も自殺してしまう。彼の周りには常に誰かが不幸な死を迎えるが、彼はどんな状況であっても絵を描き続ける。だが、青年になっても、中年になっても、一向に無名のまま・・・。
これは芸術という魔物に取り憑かれてしまった男の物語だ。環境がいかに変わっても彼は画を描くことをやめない。その大きな犠牲となったのは、彼女の娘である。真知寿は画材購入のために娘が売春で得たお金まで無心するようになり、挙げ句に娘は早世する。妻はそれまでは真知寿にとことんついて行くが、しまいには愛想を尽かしてしまう。それでも、真知寿は画を描くことをやめず、その行動は徐々に狂気さえ帯びていく。
ひたすら画を描く彼が、一体、何を目指していたのか、途中から分からなくなる。世間での評価を得たいのか、お金儲けをしたいのか、彼自身は自分の希望を何一つ、口にしない。彼に目指すべき芸術や夢があるのかさえ、分からない。彼は画を描くことで、すでに全ての欲望を叶えてしまっているように見える。
真知寿の描く画は、劇中でも必ずしも認められていない訳ではない。しかし、中間に入る画商によって安く買いたたかれてしまう。方向性の示唆さえ与えられれば、ブレイクしたかも知れない。ひょっとすると、自分の画才や作品の真価を全く理解していなかったのは、彼自身だったのかも知れない。どんなに酷評されても、反論することなう黙って受け入れ、愚痴一つ言わない。浮世離れして、ひたすら作品に向かう姿をみて、「天才」とはそういう存在なのかも知れないと思った。評価されていることを知らないのに、妻よりも、娘よりも、自分の生命よりも作品を優先させる人間が、どれだけいるだろう。どこか真知寿に、ゴッホの人生が重なる。
北野武の近作映画には、「作品」を生み出すときの葛藤がよく描かれる。『監督ばんざい』では失敗ばかり繰り返す監督の姿を描き、『Takeshi's』にも売れない芸人が登場し、その苦悩を垣間見せる。
題名の『アキレスと亀』だが、ゼノンのパラドックスからとっている。一見、整合的ではあるが、経験的には違和感を抱く結論に対して、反論を試みてもうまく説明できない。真知寿からは、このもどかしさに似た感覚を抱く。
劇中、最も不思議な存在だったのは、真知寿の奥さんではないだろうか。ラストに真知寿と対面した美しい表情からは、安らぎや安堵といったものより、ある種の不気味さを感じ取ったのは、ボクだけだろうか。
