« Home | moustique:journal » | Lin:journal » | Jabisen episode 8:journal » | Jabisen episode 7:journal » | Michael passed away » | de XP à Vista » | Rashōmon » | quelle surprise! » | Les marchés » | iPhone et Snow Leopard:journal » 

11 juillet 2009 

Jabisen episode 9:journal

 土曜日。今日は三線のお稽古日。普段の練習では師範と対面し、手の動きを観察しながら合唱する。だが、最近の稽古では、90度横を向いたり、師匠に背を向けたり、ずっと後方に座ったりと、これまで慣れた環境から少しずつずらしながら演奏している。また、師範が三線のみを弾いたり、完全に一人で弾き語りをすることもある。これらは小さな環境の変化かも知れないが、これが意外に演奏に影響する。師匠と合唱していた時には起こらないようなミスが生じるのだ。
 そして、今日は石嶺公民館のホールの舞台で、師範の師匠、そして師範級の兄弟子たちの前で、本番さながら演奏をした。みなさんはボクよりもずっとご高齢で、恐らく60代後半ぐらいだろうか。具眼の士を前に緊張したのだが、演奏後は、適切で有り難いアドバイスを数多く頂戴した。
 今日、何よりも強烈だったのは、録音された自分の演奏を聴いた時だ。師範はいつも褒めて下さるが、それが自分を勇気づけるためであることを改めて悟った。敢えて言うが、まさに自分には聴くに堪えぬ演奏であった。チル(絃)を外すのは論外だが、ボクの歌には情感が感じられないことが衝撃であった。音程を外さず、正確に爪弾くことのみに注意が向き、歌詞の神髄を汲んでいるようには到底、聞こえなかったのだ。因みに伊野波節の歌詞は以下の琉歌をもとに作られている。

 無蔵(んぞ)ちりてぃぬぶる にゃふぃん石くびり 遠さはあらな

「恋人を連れて上る もっとこの小坂が 遠ければなぁ」という恋の歌である。「ぬぶる」の後に「あぬんぞよ」、「石くびり」の後に「はいやまた」「あぬんぞよ」という歌詞が挿入される。これを6分30秒から7分程度で演奏する。音域は2オクターヴ弱まであるが、裏声は使えない。初心者にとっては難曲に属するが、お稽古を怠らないようにしなくては。それにつけても、自らを客観視することの難しさよ・・・。