CSI scientists vs FBI profilers
アメリカの連続テレビドラマCSI科学捜査班とクリミナル・マインド FBI行動分析課の両者は、顕著な違いを有する。前者はプロファイリングによって、後者は現場の証拠によって犯人にアプローチする。よって前者は演繹的となり、後者は帰納的な手法をとる。前者のメリットは捜査がスピーディであること、後者は動かしがたい物的証拠を掴める点にある。この二つのドラマを観ると、CSIではプロファイラーは姿さえ見せず、クリミナル・マインドではCSIの科学者たちは完全に下働き扱いとなっている。
両者の映像表現はやや過激だが、それが普通に放映されているのは、ある種のメッセージ効果が期待されているからであろう。つまり、罪を犯せば必ず捕まってしまうという考えを植え付けるのに一役買っているといえる。霊能者が犯人逮捕の助けをするというような、噴飯モノの設定もあるが、概ね真面目に描かれている。もう一つ、両者の共通点を挙げるとすれば、主要なキャラクターの殆どが未婚か婚姻に失敗しているということ、そして過度なオタクということ。
かたや日本の刑事モノはどうだろうか?アメリカのドラマに着想を得たものもあるが、日本独自のものとしてはケータイ刑事とか、スチュワーデス刑事とか、スケバン刑事とか、青島とか、家政婦とか、イマイチ迫力に欠ける。素人が活躍するという設定が目に付く。きっと日本のドラマでは、アメリカのドラマのようなメッセージ効果を期待していないのだろう。まあ、「平和」ということなのかも知れないが・・・などとdysonの掃除機を転がしながら考える休日であった。
両者の映像表現はやや過激だが、それが普通に放映されているのは、ある種のメッセージ効果が期待されているからであろう。つまり、罪を犯せば必ず捕まってしまうという考えを植え付けるのに一役買っているといえる。霊能者が犯人逮捕の助けをするというような、噴飯モノの設定もあるが、概ね真面目に描かれている。もう一つ、両者の共通点を挙げるとすれば、主要なキャラクターの殆どが未婚か婚姻に失敗しているということ、そして過度なオタクということ。
かたや日本の刑事モノはどうだろうか?アメリカのドラマに着想を得たものもあるが、日本独自のものとしてはケータイ刑事とか、スチュワーデス刑事とか、スケバン刑事とか、青島とか、家政婦とか、イマイチ迫力に欠ける。素人が活躍するという設定が目に付く。きっと日本のドラマでは、アメリカのドラマのようなメッセージ効果を期待していないのだろう。まあ、「平和」ということなのかも知れないが・・・などとdysonの掃除機を転がしながら考える休日であった。
