The Prestige:films
Christopher Nolan監督のThe Prestigeを観た。19世紀末のロンドンを舞台にしたマジシャンたちの邪魔の応酬を描いた作品とでもいうのだろうか。彼らはマジックの道を極めようとしているというよりは、自らの人生を擲ってまでライバルを蹴落とそうとしているようにしか見えなかったが、個人的にはなかなか楽しめた。この作品は数々のトリックの種明かしもされており、それを観ているだけでも面白い。最近の大衆向けに映画は極めて分かりやすくつくられているので、1シーンを見落としたぐらいでは、ストーリーを追うには全く問題ないものばかりである。そのためシーンに集中することはあまりなくなっていたが、この作品は話の運び方がスリリングで目を離したら重要なシーンを見落としそうになるから注意しなければならなかった。読書もそうだが、やはり高度に緊張感を要求する作品の方が刺激的であることは間違いない。
この映画、怪しげな青い稲妻が発生する機械を生物のコピー機とするか、あれも単なる怪しげな機械だとみるかで、随分と作品の印象が違ってくるのではないだろうか?映画の中ではあの機械をコピー機であると想定しないと、理屈が成り立たない場面も確かに、ある。しかし、僕はあえてあの機械はコピー機ではないと考えたい。
トリックを見せられた時と同じ不可思議な感覚を観客に味あわせる。これが監督の狙いではないだろうか?つまりあの機械はそのために仕掛けなのである。我々はトリックを見せられた時、本当に何かが消えたり、再び現れたりすることを一瞬、信じ込んでしまう。本当は詐術以外の何物でもないのであるが、マジシャンには特別な能力があると思いこんでしまう。論理や理性では判断できない世界を見せられた気分になるのだ。それがマジックの醍醐味でもある。この作品は映画という媒体で、マジックを観たときのような感覚を観客に与えようとしているのではないか?そのためにあえて辻褄が合わない、観客を混乱させるようなラストを用意しているように思える。つまり、この映画自体が一つのマジックの効果を演出している。
日頃から思うのだが、マジシャンを職業とする人間は超常現象や超能力、その他の迷信などは殆ど信じていないのではないだろうか。タネのないマジックというものはないのだから、彼らはあらゆる超常的な現象の裏にあるカラクリに気付いているに違いない。職業的占い師もそれに近いメンタリティを持っているように思う。ただ、ショーとして人々を楽しませるマジシャンと、弱みにつけこんで金をまきあげようという占い師では千里の径庭があるように思うが・・・。
