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07 mars 2007 

Das Schloss:films

 Michael Haneke監督のDas Schlossを観た。Franz Kafkaの未完の小説『城』を映画化したもの。原作に忠実に映像化されたそうだが、残念ながら原作を読んでいなかった。そのため終始この物語は何?と、疑問だらけで次々に繰り広げられる状況をみることになった。そして、Kの埒があかない状況がいつまで続くのか不安が高まってきた時、突然、物語は暴力的に終了する。原作のカフカの物語はそこで終わっていたからだ。
 Kは測量技師で、「城」から仕事を受けてやってきたのだが、なかなか「城」にはたどり着けず、その土地では仕事をさせてもらえない。帰ろうと思っても既に帰るべき場所はなく、自分を受け入れるべき場所からは常に疎外されている。僕が映画をみて念頭に置いたのは余所者と現地の人々との間に繰り広げられるある意味で非常に普遍的な、田舎的状況である。こうした感じはLars von TrierのDog Villeに通じる。コミュニティ特有のルールが共有されているなかに、余所者がやってくる。その余所者に対して、コミュニティの人々は警戒心を抱き、なかなか受け入れようとしない。そして、余所者は土地のルールに戸惑い、困惑し、孤独と理不尽な感情を抱く。そうしたことが繰り返し、繰り返し、繰り広げられる。「城」が何かの象徴であることは確かであるが、この象徴は恐らくそれぞれの心のなかで漠然と描かれるのだろう。途中でKと村人とのあまりのミスマッチに苦笑さえしてしまうが、これはやはり悲劇ととらえるべきなのだろう。
 こうした状況に置かれた実際の人を想像してみる。例えば、奴隷としてヨーロッパやアメリカに強制的に連れてこられたアフリカの人々、紛争や差別、迫害で住む場所を奪われたユダヤ人・・・世に難民と呼ばれた人々や亡命した人々はみな多かれ少なかれKと同じ苦しみと孤独を味わったことであろう。未完であるにもかかわらずこの物語がかくも世界で読まれるのはこの普遍性ゆえである。また、未完であってもなおもこの物語が許容されるのは、こうした「ヨソモノ感」とも呼ぶべき状況は帰るべき場所を失った者にとっては死ぬまで続くからかもしれない。原作や他の作品も読んでみようと思う。邦題は『カフカの「城」』。