Lumière des lucioles:journal
NHKの「高校講座」を観た。「テーマは琉球から沖縄へ 〜琉球王国の終末〜」このなかで、「蛍の光」の歌詞を紹介していた。少なくとも僕の世代以上で、この曲を知らない方はいらっしゃらないだろう。僕はこの歌がスコットランドの歌謡をに日本語の歌詞を付けて成立していたことは知っていた。以前、開高健の釣り紀行で、スコットランドの人々がオリジナルを歌っていたからだ。
講座では日本版のこの曲には四番まであることを紹介していた。以下がその歌詞である。
千島の奥も、沖縄も、
八洲の外の、守りなり、
至らん国に、勲しく、
努めよ我が背、恙無く。
この歌詞では千島列島や沖縄のような外の地域は、本土を防衛する地域として位置づけられている。ネットで少し調べてみると、この歌詞が琉球処分後は改変されて、「八洲の外」は「八洲の内」になっている。
千島の奥も、沖縄も、
八洲の内の、守りなり
その後、日清戦争後は、
千島の奥も、台湾も、
八洲の内の、守りなり
その後、日露戦争後は、
台湾の果ても 樺太も
八洲の内の 守りなり
となる。歌を以て子供にすり込みを行う文部省(歌う子供たちは歌詞など噛みしめてないが・・・)。唱歌、恐るべし。沖縄は今でも「八洲の内の(外の?)、守りなり」であるという軍事上の位置づけは変わらない。現在は通常、2番までしか歌われない。世相を反映するという意味では、現代も当時の延長線上にある。少し唱歌研究の本を少し読んでみようか。
講座では日本版のこの曲には四番まであることを紹介していた。以下がその歌詞である。
千島の奥も、沖縄も、
八洲の外の、守りなり、
至らん国に、勲しく、
努めよ我が背、恙無く。
この歌詞では千島列島や沖縄のような外の地域は、本土を防衛する地域として位置づけられている。ネットで少し調べてみると、この歌詞が琉球処分後は改変されて、「八洲の外」は「八洲の内」になっている。
千島の奥も、沖縄も、
八洲の内の、守りなり
その後、日清戦争後は、
千島の奥も、台湾も、
八洲の内の、守りなり
その後、日露戦争後は、
台湾の果ても 樺太も
八洲の内の 守りなり
となる。歌を以て子供にすり込みを行う文部省(歌う子供たちは歌詞など噛みしめてないが・・・)。唱歌、恐るべし。沖縄は今でも「八洲の内の(外の?)、守りなり」であるという軍事上の位置づけは変わらない。現在は通常、2番までしか歌われない。世相を反映するという意味では、現代も当時の延長線上にある。少し唱歌研究の本を少し読んでみようか。
