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20 février 2006 

FLIGHTPLAN: Films

Robert Schwentke監督の Flight Planを観た。夫の遺体を引き取り、娘と二人でベルリンから故郷のニューヨークへ向かう航空機設計士カイル。搭乗後、睡眠薬で寝ている間に娘ジュリアの 姿が消えていた。機内で彼女を必死に探すが、乗客は誰もジュリアを見ていないと証言し、航空スタッフも搭乗記録がないという・・・。
 この映画は 設定に難がありすぎる。ご都合的と言った方がいいだろうか?犯人はカイルなどのことを非常に緻密に調べ上げている一方で、犯行当日にちゃんとカイルが彼女 の設計したジャンボに乗るという偶然(一本便が違えば機種も違う)や、乗客がだれもジュリアを見ないだろうというあまりにも楽観的な前提で犯行を実行して いる。飛行機に乗っていた公安の男。そもそも公安になるには非常に長い年月と努力が必要になるだろうが、この映画で繰り広げられる事件によってどれだけ彼 に利益があったのだろうか?なによりも鼻についたのは、周囲は間違っているけど、私だけは正しいと信じて疑わない主人公のあり方。こうしたパーソナリティ は『アイ・ロボット』の主人公と全く同じものだが、ハリウッド映画にありがちな人物像である。乗客や乗務員をアメリカ以外の国、主人公をアメリカというメ タファーで観ていくと、カイルはまさに国際社会でのアメリカそのもの。