Black Gold :film
Marc Francis and Nick Francis監督のBLACK GOLDを見た。コーヒー発祥の地エチオピア。毎年700万人(埼玉県の人口に相当する!)が国際機関などによる緊急食糧援助を受けざるをえない状況が続いている。この国はコーヒー豆の生産を主要産業としている。だが、1キロのコーヒー豆(約80杯分)に対して農家が受け取る金額はたったの12円。コーヒー農園に働く人たち、おそびその家族の生活は困窮し、子供たちは修学さえままならない状況にある。世界中でかくも飲まれているのに、生産者が飢餓状態になっているという理不尽。フェア・トレードが叫ばれる所以である。
先進国の企業による生産国からの搾取。自分もほぼ毎朝、エスプレッソを飲んでいるが、ポッド一つの値段は90円。恐らく、一般的な家庭でのコーヒーの値段からすれば高い方だろう。だが、この値段で飲めること自体が異常であると言える。おまけに、ボクがコーヒーをいれるために使っているのはillyのエスプレッソ・メーカーに、illyのカップ。illyの本拠地は、ボクが先日訪れたTriesteにある。もちろん、Triesteのカフェには、illyのカップが数多くディスプレイされていた。illy collectionはマニアの間では高値で売買されるが、そのコレクションのなかにあって、ボクが尊敬する写真家Sebastiao Salgadoは流石だと思った。彼のデザインしたエスプレッソ・カップには、生産者の女性の後ろ姿と、生産者と思しき人の家屋の写真が絵柄にあしらわれている。イリーのサイトには、コーヒー発祥の地・エチオピアへの敬意を示していると説明されているが、それは違う。Salgadoは、エチオピアの貧困を写真で告発しているのだ。


話を映画に戻す。作品では国際的な取り決めを行う場においてもアフリカ諸国が極めて不利な立場に置かれていることが告発される。問題の所在が明確になってもそれを解消することができないでいる。シンプルなようで、問題は複雑だ。「援助ではなく、公正な貿易で自立したいのだ。」この台詞は、現在の沖縄にも重なる。
安くて良いものを求める、消費者の当然ともいえる心性が、過酷なまでの搾取に繋がっている事実。このことに愕然とする。近年、『ダーウィンの悪夢』や『いのちの食べ方』、『キング・コーン』など、食にかんするドキュメンタリーも多いが、これも観ておくべき一本である。あと、遺伝子組み換え食品について扱った『食の未来』という作品もある。どこかで、上映してくれないかな?上映できないなら・・・上映会を企画するしかないか。
それはともかく、フェアトレードによるエスプレッソ用のカフェ・ポッドをネットで探してみたが、見あたらない。レギュラー用の60mmのものならあるが、エスプレッソ・メーカー用の44mmサイズがないのである・・・こうした商品の販売が求められる。
邦題は「おいしいコーヒーの真実」。
