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09 mai 2009 

mon voyage episode 5 :journal

 サラエボの朝。朝食はウィーンほどではなかったが、まあ問題ない。レストランにはボク以外の客はいない。雪に見舞われたウィーン、ブラチスラバに比べ、こちらでは好天に恵まれ、上着を脱いでも大丈夫なほどの陽気。とりあえず、ホテルのATMでクレジットカードで現金をおろす。見たこともない紙幣が機械から絞り出されてきた時は、不安を覚える。
 昨晩、一晩預かると言われたパスポートを取り戻す。パスポートを預けるということが、お国柄なのだろうか。部屋で無線+有線のネットがフリーで使えたのは嬉しかった。この点はさすが!紛争時でもジャーナリストの溜まり場として営業を続けたホテルだけある。しかし、一階のカフェにタクシーの客待ちと思しき客がいる以外は、ホテルの宿泊客のような人は殆どいない。
 ホテル内の売店で公共交通機関の10回券を購入する。ここには乗り放題チケットのようなものはないらしい。3番のトラムに乗って、中心街に向かう。乗車したときにトラムの中のレジスターにチケットを挿入し、乗車時刻を記録するのだが、やや混み合っているため、それがどこか見あたらない。そこでチケット片手にキョロキョロしていると、乗客の一人がレジスターの場所を文字どおり指示してくれた。
 驚いたことに、サラエボではバス停に名前がない。車内アナウンスもなく、乗っているトラムがどこに行くかは、トラムの番号のみが頼りだ。内戦前からそうなのかは判らない。文句を言っても始まらない。自分の頭で考えねば。地図と窓外の景色をつきあわせて現在位置を注意深く観察する。3番はMiljacka川沿いを通るので、比較的わかりやすかった。すると、軽く肩を叩かれ、さきほどとは別の乗客の一人がボクの手にある地図で、現在位置を教えてくれた。セルビア・クロアチア語だったが、意図は十分に伝わったと同時に、地元の人の心遣いに感動に似た心持ちになった。
 旅行に行った場所が好きになるかどうかは、現地の人が自分に都合のいい言語を使ってくれるか、街の表示に英語があるかとか、そういったことではないのだろう。こうしたさりげない心遣いが、街全体の印象を決めるようなところがある。晴れやかな天気もあってか、ボクはこの街を好きになりかけていた。








 中心街に来たところで、トラムを降りる。どこか山間の田舎町のような、しかし決定的に異なる風景があった。線路をまたいだ繁華街の方に目を向けると、そこがヨーロッパであることを打ち消すような、トルコ風の建物が軒を連ねていた。広場には鳩が群がっていた。その一方で、街の建物には砲弾や銃の痕が生々しく残り、視線を上げると街の小高い丘に無数の白い墓標が目に入る。










 しばらく旧市街を散策。赤瓦葺き屋根の木造建築が並ぶ。トルコ系の人々の職人街になっており、金物、布製品、貴金属などを扱うお店があり、賑わいを見せる。銅製のトルココーヒーセットなどもここにあり、一つ求めようかとも思ったが、こうした金物は真偽が判別できないし、買っても使わない可能性が高いので控える。そのほかにはレストランや日用雑貨のお店があった。なかには薬莢で作られた一瞬、銃弾かとどきりとするペンなども売られていた。









 ユダヤ教のシナゴーク、セルビア正教会、イスラム教のモスク、カトリック教会・・・少し歩くと異なる宗教施設に出くわす。想像以上に近いエリアにこうした施設が集中していた。








 旧市街をから少し出て、Miljacka川に向かう。すぐそこにラティンスキー橋があった。この橋は、フランツ・フェルディナント大公がサラエボを訪問した際、ボスニア・ヘルツェゴビナ占領・統治に反対する「青年ボスニア党」のセルビア人青年に暗殺された場所である。第一次世界大戦勃発の契機になったという歴史的に重要な場所であるが、実際に観てみると、驚くほど、狭く、短い。ウィーンのArsenalでみた車がこの橋を渡ったら、随分道を塞ぐだろうといった印象だった。近く国立図書館が見えたので近づく。







 国立図書館は修復中で、表側にはネットが掛けられていた。裏側に回ると戦火の激しさを思わせるような状態で、蔵書の殆どが消失してしまったことを思うと、暗澹たる気持ちになった。








 昼前には、スブルソ・ハウスに行った。やや判りにくいところにあり、セルビア・クロアチア語で場所を尋ねながら行った。この古い建物は、18世紀に建てられたオスマン帝国時代の家に起源を発するボスニア式家屋で、その構造はとてもユニークにできていた。既婚女性は夫以外の男性と顔を合わせることができないので、客人が来たときも、家族の女性に出くわすことがないような作りになっているのだ。具体的には、客人が入れるのは、手前の棟だけで、奥の棟は家族が生活を営むスペースとなっている。各部屋にはトルコ風の絨毯や調度品があり、かまども独特な感じであった。















 スブルソ・ハウスを出たのはちょうど正午だった。時間は教会の鐘の音と、コー
ランの歌声が教えてくれた。異なるものがまざりあう、独特な響きが、街を包んだ。街を見下ろす坂道の途中で立ち止まり、深い感慨に浸った。こうした雰囲気を味わいたくて、自分はここまでやって来たんだ・・・漠然と自分が求めていたものが、輪郭を描いて目の前に顕れたようだった。
 昼は地元の料理を食べる。散策している途中で、ナンのようなパンと挽肉料理を合わせて食べている人を多く見かけたので、それを食べさせてくれそうなところに入る。セルビア・クロアチア語のメニューしかなかったが、写真をみて指さし注文。最初、食べ方がよくわからず戸惑ったが、地元の人の食べ方をみて、それを真似て食べた。とても、美味しかった。








 その後、再び街を散策。週末ということもあってか、繁華街では人通りも多く、明るく活気に満ちた雰囲気。公園に人だかりができていたので、近づいていくと、チェスをしていた。碁盤の目のようになっている床のタイルをチェス場に見立て、大型の駒を使っていた。ギャラリーはあれこれ意見をいいながら和気藹々と昼下がりを過ごしている様子。ボクはチェスを解しないので、岡目八目という訳にはいかないのだが、戦況を確認しようと体をひねっているのをみて、老人がボクを輪の中に入れてくれた。ああ、チェスの一つもできれば、現地の人とコミュニケーションをとれるのになと、残念に思う。









 散歩途中、トホホな事も。道端で物乞いをする一家(?)に一度小銭を渡したら、それ以降、別の場所ですれ違うと、ボクをみるたびに笑いながら追いかけて来るようになった。ある時は袖をかなり強い力で引っ張られたりして、辟易した次第。ジプシー風の身なりだったが、どうもボクが困るのを半ば喜んでいるようだった。日本人はおろか、アジア系さえも全く見かけないからかも知れないが、異国でジプシーの子供たちに追いかけられている自分の姿に、笑いが止まらなかった。
 その後、スーパーやドラッグストアを覗いたり、モスクや教会のなかを見学したりしてゆったりとした時間を過ごす。そして、早めの晩ご飯を食べる。
 行ったのは、現地のガイドブックに載っていたレストラン。ボスニアのビールを飲み、煮込み料理を食べる。これがまた絶品であった。なかには日本で言うところのすいとんのような小麦粉を練ったものが入っていた。これまで食べ過ぎだったことを反省
し、少し分量をセーブする。








 ホテルへ
の帰りしなにパン屋とケーキ屋に寄る。こちらの代表的なスイーツである梨のコンポートを買い、ホテルの部屋で食す。どっしりと重く、やや甘い味付けであった。パンは肉などが練り込んであるもので、随分と食べ応えがあった。ああ、今日も結局、食べ過ぎてしまったと後悔しながら、ビールを飲む。








 夜中。雷雨のような車のクラクションで目を覚ました。一体何かと思い、窓の外をみると車が渋滞している。コンサート帰りの渋滞でドライバーが腹を立てているのかと思った。さらに時折、銃声と思しき音!さえ聞こえる。流れ弾が額に命中するイメージが浮かび、それからは眺めているのも恐ろしくなって首をすくめて部屋に引っ込む。ベッドに入っても寝付けないまま外の様子に耳を澄ますと、クラクションに混じってノリのいい音楽や叫び声も聞こえる。あっ!と思い、UEFAのホームページを検索してワールドカップ予選の結果を確認する。おお!ボスニア・ヘルツェゴビナがベルギーでアウェーで2−4で勝利をおさめているではないかー。この騒ぎは怒りではなく、歓喜だったのだ!
 ボスニア・ヘルツェゴビナが入るグループ5の状況をみると、ワールドカップ出場圏内の2位につけている。1位はスペイン。これは盤石だろう。現実的にボスニアは2位を狙うことになる。2位を争うのは、トルコとベルギー。この時点でベルギーを叩いて2ポイント差をつけたのは大きい。さらにトルコがスペインに敗れたため、現時点では2位を確保。ボスニア・サポーターの喜びはよくわかる。
 大音量のクラクションは針が日付の変更を示してからほどなくしてピタリと止んだ。