mon voyage episode 3 :journal
26日。再び朝食を鱈腹食ってスロバキアのブラチスラバに向かう。ホテルのスタッフに「君ならどのような交通手段を取るか」と尋ねたところ、鉄道かバスとの答え。ボクはドナウ川をボートで下る予定だった。だがガイドブックの体験談でも、ボートは上がれるデッキもなく、のんびり景色を楽しむような感じではないとあり、外の寒さもあるので、結局、鉄道で行くことに。結果的にこれで正解だった。往復で14ユーロ。
国境を越える地点でパスポート・コントロールがあると聞いていたが、結局、往路も復路もなかった。チケットのチェックに、オーストリア側の職員とスロバキア側の職員がやってきただけであった。車窓から広がる景色は殆どが農地。農閑期のためか何も植えられてはいなかった。放牧されている牛や羊もみかけず、やや退屈な景色。時折、ウサギのような小動物が全速力で畑を疾走しているのが見えた。
ブラチスラバに到着する頃は、雪がしんしんと降っていた。雪質は水分を多く含み、金沢の雪に似ている。帽子を持参しなかったことを後悔する。しかし、North Faceのダウンジャケットはここでも威力を発揮する。しっかり水分を弾いて体をあたためてくれる。しかも、暖かい室内に入っても蒸れることはなく、不快感はない。ダウンの下はシャツと下着だけだが、1,2℃なら十分に耐えられるし、何より軽い。重さも300g程度しかないので肩が凝らない。
ブラチスラバに戻ろう。スロバキアはちょうど2009年から通貨にユーロを導入したようである。駅のツーリスト・インフォメーションのオバチャンに、もうユーロしか使えない旨を教えてもらう。さらに市内地図をもらい、旧市街までの交通手段を訊く。ついでに近くのたばこ屋で15分有効のバスチケットを2枚ゲット。合計1ユーロ。こちらのバスチケットは乗車時間の長さによって値段が違う。一般の観光客なら15分のチケットを数枚買っておくだけで十分である。
バスを待っている間も雪の勢いはますます強くなり、バスを降りて旧市街を歩くときは、散策というより苦行に近い状態だった。off-seasonの午前中とあって、旧市街は閑散としている。レストランも開店前で閉まっているし、土産物を買うこともないので、街を当て所なく散歩する。まちのあちこちに人をかたどったオブジェがある。マンホールから顔を出しているのやら、パパラッチよろしく物陰から写真を撮っているものなど、ユーモラスなものが多い。旧市街の建物は美しく、石畳を歩くのは風情があったが、どうやらそれもこの一角だけのようで、一歩出ると普通の集合住宅が並ぶ。

市内「散策」を終えた頃には雪もあがったので、高台にあるブラチスラバ城に向かう。随分と坂道を上らされたが、お城は現在改修中。城内を覗くことも叶わなかった。単に工事現場を見に来ただけだった。地元の人々が感じる親しみなど感じる由もない。ただ、城の周辺からは市内が一望でき、ドナウ川も眺めることができた。



旧市街に下りて、昼食を摂る。メニューに選んだのはカエルのグリルに、スズキを焼いたもの。そしてスロバキアの白ワイン。カエルの足はアスリートのように筋骨隆々であったが、肉質はやわらかく味も癖がない。スズキは黒こげであったが、中はほどよく火が通って、バターにハーブを練り込んだものを溶かしながら食べた。オーストリアのワインもスロバキアのワインも、グラスワインで注文するぶんには白が無難な選択だと思われる。


比較的味もよかったので満足だったが、お勘定で小さなトラブル。おつりが1ユーロ少なかったのだ。もともとチップを払うつもりだったが、最初から少なく渡されて腹が立った。そこで、Not enough!と主張。相手はばつが悪そうに足りない1ユーロを支払う。ボクはその1ユーロをBesten Dank!と言ってチップとして突き返した。フランスでも時々あった。少なくおつりを渡すというあまりにもせこいやり方だ。ボクの知人は、毎朝、新聞を買いに行くたばこ屋でそれをやられていたようで、3,4回おつりをちょろまかされた(させた)後に、ババアに言ったそうだ「あなたは毎回、おつりを少なく渡しますね。警察に言っておきましたから。」と言い放って店を後にしたそうだ。
その後、路面電車で駅に戻る。ショッピング街のような目抜き通りを通ったが、道沿いには面白い建物が見えた。逆三角形のような建物である。上層階に行くほど、フロアの床面積が広くなっているようだった。戻って再度確認したかったが、切符を買い直すのが面倒だったので、駅に到着後、走ってウィーン行きの列車に飛び乗る。皮肉なことに、電車に乗ったとたん、あたたかい日差しがボクを照らした。
ウィーンのホテルに戻り、一休み。それから軍事博物館に向かう。時間がなかったため、クリムトの接吻があるBelvederへは明日、向かうことにする。この軍事博物館、Arsenalという一角にある。Arsenalと言えば、ボクの大好きなイングランドのサッカークラブである。クラブの愛称はGunners。エンブレムに大砲の絵があしらってある。Arsenalはもともと砲兵工廠のチームとして出発したが、軍事博物館はそれに関係しているのだろう。豪華な建物は死の商人として稼いだ遺産なのだろうか。
軍事博物館は軍服や大砲、鉄砲、剣などが展示されている。なかでも最も有名なのは、第一次世界大戦の引き金になったフェルディナンド大公のサラエボでの暗殺事件に関する展示だろう。暗殺によって血まみれになった軍服があった。想像していたよりも血しぶきは狭い範囲に留まっていたようで、実は最初はそれが暗殺時に着ていた服だとは思わず、素通りしてしまった。三十年戦争や二度の大戦、ナチスドイツなどオーストリアに関連する多くの軍事的な遺物がきれいに並べられてあったが、この博物館は、あまり感心できなかった。展示物は当然のことながらどれも大量に人を殺すための道具であり、剣や銃口の先には死屍累々たる悲惨な光景が広がっていたことを想像せずにはいられない。展示のコンセプトはそうした人類の愚かさへの反省とうものが微塵も感じられなかった。軍事オタクならまだしも、正直言って、この博物館には嫌悪感さえ覚えた。この嫌悪感は人の死を媒介として巨万の富を得ることに由来するのだろう。唯一の救いは、この博物館の客がボクを除くと一人だけだったこと。

閉館時間になったため、ホテルに戻る。ホテルの向かいのパキスタン人が営んでいる怪しげなお店で、1時間1ユーロでブロードバンドの回線を借りる。店主は「我々はアダムとイブから始まる兄弟だからね」と、ハーブの入ったお茶まで煎れてくれた。初対面なので彼の信仰は訊かなかったが、この文句を彼は誰にでも使っているのかも知れない。しかし、気さくに接してくれたのは喜ばしいことだ。あと、ネットも安いし。
たまったメールをチェックして、紀香と陣内の続報を読む。スポーツ誌の報道ではあるが、陣内の最低ぶりが明らかに。浮気の詮索で逆ギレ→DV。・・・結婚とは恐ろしい。紀香も三行半を突きつけて正解であったと思う。芸人仲間のご祝儀返せと言いたい気持ちも判らぬではない。あの記事をみて、紀香よ、俺の所に来い!と思った独身諸氏も多かったのだろうと想像する。
夜は路面電車に乗って、昨日と同じお店に行く。お店の代表的なメニューである手羽先の唐揚げを注文。小さいサイズにしてくれと頼んだが、木製トレイの上には山盛りの手羽先。数えたら10個もあった。隣の人が注文したものをみるとボクのよりもさらに多い手羽先がてんこ盛りになっていた。そしてポテトに、サラダ。一人分でこの分量なのである。手羽先はスパイシーで、ビールとの相性は抜群。まさにビールとスパイスのマリアージュ。さらに少し濁った色のビールを注文する。しかし、手羽先1つ、残してしまう。七つの大罪の一つを犯している後ろめたさがあったからなのだろうか・・・。こんなところに1年もいたら体を壊してしまうだろうと、不安になるような夕食であった。
帰りがけに駅のなかにあるスーパーでケフィア(やづやではなく、本物)とティラミス(←おい!)を買ってホテルで食べる。ボクの中で、何かが壊れていた。
ブラチスラバに到着する頃は、雪がしんしんと降っていた。雪質は水分を多く含み、金沢の雪に似ている。帽子を持参しなかったことを後悔する。しかし、North Faceのダウンジャケットはここでも威力を発揮する。しっかり水分を弾いて体をあたためてくれる。しかも、暖かい室内に入っても蒸れることはなく、不快感はない。ダウンの下はシャツと下着だけだが、1,2℃なら十分に耐えられるし、何より軽い。重さも300g程度しかないので肩が凝らない。
ブラチスラバに戻ろう。スロバキアはちょうど2009年から通貨にユーロを導入したようである。駅のツーリスト・インフォメーションのオバチャンに、もうユーロしか使えない旨を教えてもらう。さらに市内地図をもらい、旧市街までの交通手段を訊く。ついでに近くのたばこ屋で15分有効のバスチケットを2枚ゲット。合計1ユーロ。こちらのバスチケットは乗車時間の長さによって値段が違う。一般の観光客なら15分のチケットを数枚買っておくだけで十分である。
バスを待っている間も雪の勢いはますます強くなり、バスを降りて旧市街を歩くときは、散策というより苦行に近い状態だった。off-seasonの午前中とあって、旧市街は閑散としている。レストランも開店前で閉まっているし、土産物を買うこともないので、街を当て所なく散歩する。まちのあちこちに人をかたどったオブジェがある。マンホールから顔を出しているのやら、パパラッチよろしく物陰から写真を撮っているものなど、ユーモラスなものが多い。旧市街の建物は美しく、石畳を歩くのは風情があったが、どうやらそれもこの一角だけのようで、一歩出ると普通の集合住宅が並ぶ。
市内「散策」を終えた頃には雪もあがったので、高台にあるブラチスラバ城に向かう。随分と坂道を上らされたが、お城は現在改修中。城内を覗くことも叶わなかった。単に工事現場を見に来ただけだった。地元の人々が感じる親しみなど感じる由もない。ただ、城の周辺からは市内が一望でき、ドナウ川も眺めることができた。
旧市街に下りて、昼食を摂る。メニューに選んだのはカエルのグリルに、スズキを焼いたもの。そしてスロバキアの白ワイン。カエルの足はアスリートのように筋骨隆々であったが、肉質はやわらかく味も癖がない。スズキは黒こげであったが、中はほどよく火が通って、バターにハーブを練り込んだものを溶かしながら食べた。オーストリアのワインもスロバキアのワインも、グラスワインで注文するぶんには白が無難な選択だと思われる。
比較的味もよかったので満足だったが、お勘定で小さなトラブル。おつりが1ユーロ少なかったのだ。もともとチップを払うつもりだったが、最初から少なく渡されて腹が立った。そこで、Not enough!と主張。相手はばつが悪そうに足りない1ユーロを支払う。ボクはその1ユーロをBesten Dank!と言ってチップとして突き返した。フランスでも時々あった。少なくおつりを渡すというあまりにもせこいやり方だ。ボクの知人は、毎朝、新聞を買いに行くたばこ屋でそれをやられていたようで、3,4回おつりをちょろまかされた(させた)後に、ババアに言ったそうだ「あなたは毎回、おつりを少なく渡しますね。警察に言っておきましたから。」と言い放って店を後にしたそうだ。
その後、路面電車で駅に戻る。ショッピング街のような目抜き通りを通ったが、道沿いには面白い建物が見えた。逆三角形のような建物である。上層階に行くほど、フロアの床面積が広くなっているようだった。戻って再度確認したかったが、切符を買い直すのが面倒だったので、駅に到着後、走ってウィーン行きの列車に飛び乗る。皮肉なことに、電車に乗ったとたん、あたたかい日差しがボクを照らした。
ウィーンのホテルに戻り、一休み。それから軍事博物館に向かう。時間がなかったため、クリムトの接吻があるBelvederへは明日、向かうことにする。この軍事博物館、Arsenalという一角にある。Arsenalと言えば、ボクの大好きなイングランドのサッカークラブである。クラブの愛称はGunners。エンブレムに大砲の絵があしらってある。Arsenalはもともと砲兵工廠のチームとして出発したが、軍事博物館はそれに関係しているのだろう。豪華な建物は死の商人として稼いだ遺産なのだろうか。
軍事博物館は軍服や大砲、鉄砲、剣などが展示されている。なかでも最も有名なのは、第一次世界大戦の引き金になったフェルディナンド大公のサラエボでの暗殺事件に関する展示だろう。暗殺によって血まみれになった軍服があった。想像していたよりも血しぶきは狭い範囲に留まっていたようで、実は最初はそれが暗殺時に着ていた服だとは思わず、素通りしてしまった。三十年戦争や二度の大戦、ナチスドイツなどオーストリアに関連する多くの軍事的な遺物がきれいに並べられてあったが、この博物館は、あまり感心できなかった。展示物は当然のことながらどれも大量に人を殺すための道具であり、剣や銃口の先には死屍累々たる悲惨な光景が広がっていたことを想像せずにはいられない。展示のコンセプトはそうした人類の愚かさへの反省とうものが微塵も感じられなかった。軍事オタクならまだしも、正直言って、この博物館には嫌悪感さえ覚えた。この嫌悪感は人の死を媒介として巨万の富を得ることに由来するのだろう。唯一の救いは、この博物館の客がボクを除くと一人だけだったこと。
閉館時間になったため、ホテルに戻る。ホテルの向かいのパキスタン人が営んでいる怪しげなお店で、1時間1ユーロでブロードバンドの回線を借りる。店主は「我々はアダムとイブから始まる兄弟だからね」と、ハーブの入ったお茶まで煎れてくれた。初対面なので彼の信仰は訊かなかったが、この文句を彼は誰にでも使っているのかも知れない。しかし、気さくに接してくれたのは喜ばしいことだ。あと、ネットも安いし。
たまったメールをチェックして、紀香と陣内の続報を読む。スポーツ誌の報道ではあるが、陣内の最低ぶりが明らかに。浮気の詮索で逆ギレ→DV。・・・結婚とは恐ろしい。紀香も三行半を突きつけて正解であったと思う。芸人仲間のご祝儀返せと言いたい気持ちも判らぬではない。あの記事をみて、紀香よ、俺の所に来い!と思った独身諸氏も多かったのだろうと想像する。
夜は路面電車に乗って、昨日と同じお店に行く。お店の代表的なメニューである手羽先の唐揚げを注文。小さいサイズにしてくれと頼んだが、木製トレイの上には山盛りの手羽先。数えたら10個もあった。隣の人が注文したものをみるとボクのよりもさらに多い手羽先がてんこ盛りになっていた。そしてポテトに、サラダ。一人分でこの分量なのである。手羽先はスパイシーで、ビールとの相性は抜群。まさにビールとスパイスのマリアージュ。さらに少し濁った色のビールを注文する。しかし、手羽先1つ、残してしまう。七つの大罪の一つを犯している後ろめたさがあったからなのだろうか・・・。こんなところに1年もいたら体を壊してしまうだろうと、不安になるような夕食であった。
帰りがけに駅のなかにあるスーパーでケフィア(やづやではなく、本物)とティラミス(←おい!)を買ってホテルで食べる。ボクの中で、何かが壊れていた。
