mon voyage episode 11 :journal
バスはとりあえずKoperというスロベニアの港町に向かう。そこからバスを乗り換えてトリエステに行く。Koperまで8ユーロ。加えて1.3ユーロの荷物代金を徴収された。しかし、バスはメルセデス・ベンツで、乗り心地がよい。
バスは高速道路をひた走ったあと、山道に入る。山の農村の間を抜けると、海が見えた。その頃には、晴れ間も見えて、シャツ一枚でも大丈夫なほど暖かい。やはり復活祭が近いからだろうか。一週間ぶりの太陽に、心も躍る。
KoperでTrieste行きのバスチケットを買ったが、次のバスまで2時間かかるという。そこで徒歩10分で到着するKoperの街まで行って食事を摂ることに。Koperはとても小さな港町だが、雲に遮られない陽の光も手伝って、寒い心も溶け出すようだった。古い街並みを通ると遠くに海の青が見えた。港にはたくさんのヨットが係留されており、近くにカフェがあったので、そこで軽く食事をする。頼んだのはパニーニとビール。そしてまん丸の卓球ボールよりもやや大きいケーキ。開放的な雰囲気も手伝い、すっかりリゾート気分に。
市街を説明した地図には、あちこちに見所があることを示していたが、時間もないため街を軽く散策してからバスターミナルに向かう。
Trieste行きのバスには、ひっきりなしにイタリア語を話すおじさんと、それを聴く若者の姿でややうるさかった。二人はおそらく、その場で出会っただけの関係なのだろうが、随分と若者は辛抱強く聴いていた。
1時間足らずで、Triesteに到着。駅のインフォメーションを探すがみつからず、インフォメーションだと思って入ったお店が、一般の旅行代理店であった。しかし、店の女性は快くホテルの場所を教えてくれて、無料の地図までもらってしまった。
ホテルは駅から徒歩5分程度のところにあった。ホテルの名前のプレートを外壁に貼り付けた建物は廃墟のようで戸惑った。だが、その隣のビルにホテルのマークを冠していたのでそこに入ると、そこが目当てのホテルであった。意外にきれいなホテルで一安心。部屋も申し分ないほど広く、薄型テレビもあったが、無料のネット接続ができなかった。どんな設備が貧弱なホテルでもネットが接続できるのとできないのとでは随分印象が違う。きっとボクは自分が思う以上にネットに依存しているのだろう。その事実が受け入れがたかったので、ネット接続はしないことに決める。
荷物を置いて早々に街に繰り出す。晴れているので、やはり嬉しい。まず最初に、Piazza di Unita d'Italiaに行く。広く、実に美しい広場だった。他の観光地ほど、観光客にあふれているということはなく、アジア系の人も皆無。ここのインフォメーションで日本語で書かれた無料のガイドのコピーをもらう。
まず向かったのは、Cattedraleと城壁。地図をもとに徒歩で向かうが、曲がるべき角を失っているところ、地元のおじさんが話しかけてきた。Cattedraleに行きたいという旨を話すと、連れて行ってやるとありがたい申し出をしてくれた。そして、また来た道をもどってCattedraleに向かう。道すがら、非常に流暢な英語で、街のことを説明してくれた。
みちすがら街で唯一残るローマ時代の石畳や、建物にとりつけられている手すりのこと、港を見下ろす絶好のロケーションや、彼自身のTriesteへの愛着などを存分に語ってくれた。Cattedraleに到着する頃、彼は「じゃあ」といってそのまま早足で去っていった。思えば、お互いに自己紹介さえ、していなかった。
Cattedraleは非常に古い建物で、祭壇はダークな色調を基調としつつも金銀のきらびやかな石を象嵌したモザイクになっており、歴史の風格を感じさせた。その横には城壁があり、なかの博物館には過去の柱や壁などの遺物や、築城に関する模型やデータ、槍や刀などが展示されていた。惜しむらくは自分が理解できる言語による説明がなく、あまり詳しくは判らなかったこと。よかったことと言えば、その城にはボク以外に誰もおらず、自分の城と自ら言い聞かせたくなるほど、誰もいなかったことか。城からはTriesteの街が一望することが出来た。夕方には、方々から鐘の音が響き、カモメの鳴き声と潮の香りも相俟って、ヨーロッパの港町の雰囲気を満喫することができた。
その日はダウンジャケットなど必要ない陽気で、長袖シャツ一枚で過ごしたが、食事をする頃になると少し肌寒くなっていた。ホテルの帰りしなに通り過ぎたカフェには新しいIlly Collectionのカップが売られていた。カップはシルバーの鏡面になっており、ソーサーに描かれた墨絵のような絵柄がカップに映しだされるといった趣向だ。二客で52ユーロ。ネットで最安値を確認できないので、購入を躊躇する。しかし、エスプレッソカップはすでに6客もっているため、必ずしも必要ない。しかし、研究室に6客をコンバートし、研究室にもエスプレッソメーカーを設えるというのも悪くないアイディアだ、と思う。こうなると気分は一気に購入へと傾くが、とりあえずPazienza!
部屋が暖かく、天気もよいので、二回目の洗濯をする。これでこの旅行では洗濯をしなくてもいいと思うと、少し気が楽になる。ただ、やはり旅先では洗濯物を干すのは面倒である。細くて軽くて丈夫な紐を持っておくのがやはりいいだろう。
再びUnitta d'Italia広場に行く。街のレストランの表示をみてみると、夕食は7時ぐらいから始まるようだったので、広場のカフェでビールを飲む。バタバタとうるさい音が聞こえたので、視線をそちらに向けると、やや遠いテーブルに鳩が5,6羽群がってテーブルの上の食べ物を漁っていた。ヒッチコックの鳥の一場面を彷彿とさせる光景に、喫驚した。ほどなくしてギャルソンがボクのテーブルにもポテチとオリーブの酢漬けを置いたので、鳩が群がった原因が氷解する。そして、自分のテーブルが鳩の大群に襲われないため早めにポテチを消費し、少し緊張しながらビールを飲んだ。鳩は人がいるところにはどうも来ないらしい。
ホテルのフロントで近くのスーパーの所在を訊く。ここではできる限りイタリア語を使うようにしているが、こちらの質問はともかく、あちらのイタリア語は断片的にしかわからない。これは本当に困る。しかし、とりあえず駅の近くということは理解できたので、駅に向かってそれらしき店を探す。しかし、見あたらないので、再び通行人に尋ねる。
スーパーはさすがに充実していた。ハム、ソーセージ、肉にチーズはよりどりみどり。しかし、愛用しているケフィアはなかった。スプマンテが1.2ユーロと激安だったので、試しにゲット。それ以外はビール、ミネラル・ウォーター、オリーブ風味のスナック菓子、ヨーグルトを買う。これで夜にのどが渇いても安心だ。
ホテルに戻って、インフォメーションでもらった日本語で書かれたガイドにあったレストランに行く。ガイドには「値段は高くはない」と書かれていたが、完全に失敗した。
ボクはそのお店で、魚のカルパッチョとボンゴレのパスタを注文したが、事前にギャルソンから注文した魚のカルパッチョがないので、別のものになると聞いていた。しかし、Scampiという単語が聞き取れず、それがエビであることを理解できていなかった。エビ・アレルギーのボクとしては、大皿に並べられたエビのカルパッチョをみて、手を付ける訳にもいかず、苦々しくただ写真だけ撮った。
二皿目のパスタは、フルマラソンを走ってミネラルが体から全て失われたぐらいだったら美味しいだろうな・・・と思うぐらい塩辛かった。ただ塩辛いだけでなく、さらにからすみのような卵の塩漬けも入っており、スプマンテとmineral waterは一気になくなった。しかも、お会計の値段も高かった。日本円で4000円。実質的にはスプマンテとパスタだけである。
帰りがけにジェラートでお口直し。帰り道の途中のジェラテリアで2つ注文する。1つはイチゴ。これは当たり前に美味しかった。もう一つはリキュールのジェラートだと思って頼んだが、味としては漢方薬であった。ちょっと日本では口に出来ない味であったが、美味しいかと問われれば、微妙な表情をしただろう。色はコーヒーのようだったが、味はどこかで口にしたような漢方薬、だった。しかし、これもよき、思い出。いつかこれが何の味だったのかが判るときが来るであろう。
夜のTriesteの街は素晴らしかった。広場や街路はライトアップされ、幻想的ともいえる雰囲気を演出していた。しかも、どこかリラックスできるような治安の良さも感じることができる。こうした街はやはり、いい。
夜、疲れていたのか、部屋が暑かったのか、掛け布団を蹴飛ばして爆睡する。
