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07 juin 2009 

「世界を驚かせる覚悟がある」ってヘンくない?

 サッカーの日本代表が、南アフリカで開催されるワールドカップ本選への出場を決めた。開催国である南アフリカに次いで、二番目の出場国となった。
 実は試合は前半を観ただけで寝てしまった。朝起きて、ビデオを観て最後はハラハラ・ドキドキの展開であったことが判った。やはり地元が出場するとしないとでは、盛り上がりが違うので、本選出場は喜びたい。
 しかし、試合後、選手たちが着用していたTシャツにあしらわれていた文句に、違和感をもった。
「世界を驚かせる覚悟がある」。
は? なんかヘンくない?もちろん、表現しようとしていることは、理解できる。つまり、日本代表が好成績を収めて人々を驚かせるためには、今後、相当努力しなくてはならないから、その努力に払われる多大な苦しみに耐え抜く「覚悟」があるということなのだろう。しかし、この違和感は何に由来するのか?
 「覚悟」するということはどういうことか?死を覚悟する、犠牲を覚悟する、決死の覚悟・・・「覚悟」するのはやはりこれから生じる何らかの労苦を指している。辞書にも、「危険な状態や好ましくない結果を予想し、それに対応できるよう心構えをすること。」「観念すること。あきらめること」だから、「覚悟がある」という言葉のなかに、相手が驚いたことを「受け入れる」ような感じもする。つまり驚かせた結果、相手に驚かれても、「動じない覚悟」をしている風にもとれる。そもそも、驚かすために覚悟を必要とするなら、「世界を驚かす覚悟がある」という言葉は、つまり「現時点で私たちは弱い」「努力しなくっちゃ」と宣言しているようなものなのではないか?
 また、違和感の源は、「驚かす」ことと「覚悟する」ことに表現上の飛躍を感じるからかも知れない。日本語では「驚く」という言葉に、驚く主体が、好意的に驚くといったプラスの意味がもともとない、あるいは薄いのかも知れない。だから、「驚かせる」ことを覚悟されたりした場合、驚かせるためための具体的行為に何かよからぬ企みでもあるような、気がする。
 やはり、「驚かす」ことと「覚悟する」という二つの言葉のつながり、あるいは飛躍にボクがいだく違和感の源泉があるのは、間違いないようである。「世界を驚かすぞ!」ならまだわかる。
 今、朝7時・・・あの文句さえなければ、二度寝していたのに・・・。