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01 février 2009 

Poincaré conjecture:journal

 NHKの「数学者はキノコ狩りの夢をみる〜ポアンカレ予想100年の格闘〜」を観た。とても興味深く、引き込まれる内容であった。

【わかったこと】
・ポアンカレ予想が難問であったこと
・ポアンカレ予想を証明することで明らかになること
・ポアンカレ予想を証明するまでに多くの発想の転換があったこと
・ポアンカレ予想を証明した学者が孤独のうちに生きていること
・数学という学問の偉大さ

【わからないこと】
・ポアンカレ予想の具体的内容
・ポアンカレ予想の証明に至る多くの前提
・ポアンカレ予想の具体的な証明方法

 つまり、ポアンカレ予想の周辺については漠然とわかった気になっているが、ポアンカレ予想の本質、実質的なことは何一つ、わかっていない。ポアンカレ予想を理解するためにはどうするか。とりあえず思いつく可能性は、関連する文献を精読する、あるいはそれを専門とする先生のいる大学に行くことだ。
 子供の頃を振り返る。ボクは、多くの事柄に何故?どうして?何でこうなっているの?という問いかけを常にもっていた子供ではなかった。何故、空は青いのか、何故、食べなくては生きていけないのか、何故、戦争が起きてしまうのか、何故、恋に落ちるではなく恋に昇るとは言えないのか、何故、人は死ぬのか・・・。空は青いものだし、人には食べ物を食べなくてはならないもんだし、戦争は起きてしまうもんだし、恋に落ちるが正しいし、人は死んでしまうもの・・・疑問さえ抱かず、これらのありうべき疑問を自分のなかで片付けてきた。
 何故、そんな風にしてきたのか、判らない。しかし、素朴ともいえる疑問を安易に片付けてしまう人生よりも、常に答えを求め続けて思索し、作業する人生の方が、ずっと楽しく、豊かだと思う。大学はそんな素朴とも言える疑問を追求することが許される、得難い場所だ。逆に言えば、何故?どうして?という疑問を持ち得ない人にとっては、意味が見いだしにくい場所になってしまうかもしれない。
 いま自然や社会や人間に対して、何故?どうして?という疑問が湧かない方々への方便を大学は用意し、多くの受験生を獲得しようとしている。それは「〜の役に立つ」「〜に有利」「金になる」という言説だ。しかしこれは何故?どうして?という疑問とは根本的に異なる。大学の不幸はこの齟齬にある。