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16 août 2008 

Jeux Olympiques en 2008 à Pékin 2:journal

 名前を覚えておくことはその人にとっては屈辱に当たるのかも知れないので、名前を出すことは控えるが、レスリングで銅メダルを獲得した選手が、表彰式の後にメダルを投げ捨てたそうだ。
 オリンピックをみていると、銅メダルを獲って喜んでいる人もいれば、喜んでいない人もいる。こうしたことをみるにつけ、人の幸せというのはその本人の主観に左右される、ということを改めて感じる。
 金メダルを獲りたくて、そのために一所懸命努力して、やりたいことも我慢してやってきた人が金メダルを取れなかったなら、本人にとっては不幸なことなのかも知れない。
 これは人生についても言えることだ。自分の努力や目標が現在のポジションに見合っていない。こう感じて日々を過ごしている人は、周りがどう思おうと、本人の主観としては不幸である。きっと、周りがあなたは幸せなんだよ、と言っても、本人にはそうは思えないのだろう。その人が主観的にどれだけ努力したかは他人には分からないだろうから、他人の意見というのは無力である。
 ボクはそうした喜んでいない人を祝福する気にはなれない。この場合、祝福すことで本人は侮辱されていると感じるかもしれないからだ。
 そう考えると、幸せか否かというのは、結局は人の心次第という、あまりにも当たり前の真理に落ち着いてしまう。そんなことを思いながら授賞式をみる今日、このごろである。