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13 octobre 2006 

des armes nucléaires:journal

北朝鮮が地下核実験を行った。世界的に非難が集中している。いま、如何に制裁をするかという話題で持ちきりである。風が吹けば桶屋が儲かる。日本産と偽った北朝鮮産松茸が高騰する気配である。
 ところで、世界には3万発の核弾頭がある。これらの殆どは核保有国がもっている。核保有国は基本的に非保有国へ核爆弾を落とすことは禁止されているので、これだけの核爆弾を保有する必要はどう考えても、ない。核保有を認められている国々と認められていない国々。もてる者が核兵器を捨てない限り、もてざる者が核を持つ欲望を捨てることはできないのではないか?核兵器はジェノサイドを実現するための兵器である。当然ながらジェノサイドは禁止されている。この矛盾をどのように考えればいいのだろう?
 地球規模の環境条約があるが、例えばアメリカは多くの環境条約に加入していない。それは地球規模の環境保全よりも自国の利益を優先しているからだ。北朝鮮もNPTに加盟しないことによって核保有をすすめている。北朝鮮を擁護するつもりは毛頭ないが、アメリカと大同小異である。しかも、アメリカは核兵器を世界で唯一使用した国である。北朝鮮からみれば、アメリカと同じコトをして何が悪い?と言いたい気分かもしれない(あまりに幼稚な論理だが、政治は人間が行うものである)。日本政府はアメリカ政府に核を含めた軍縮を要求しているのだろうか?一部の政治家や軍事関係者はこの機に乗じて軍事力の「整備」を訴えている。問題は北朝鮮だけにあるのではないと思う。
 核の怖さをもっと知ってもらわなければならない。僕もこれには同意する。特に若い世代にはそうだと思う。では世界の国々は核の恐怖というものを知らないのだろうか?そんなはずは決してない。もし、核の本当の恐怖を知らなければ、抑止力にはならないからだ。核の恐ろしさを十分に知っているからこそ、その恐怖が与える大きさを熟知しているからこそ、捨てられないのである。