instinct:journal
「〜は男の本能である」といった言説で語れる事柄に、真理が含まれる可能性は殆どないと思っている。だが、先だってこれは「男の本能」なのか?と一瞬でも思わせるに十分なできごとがあった。
不浄な話になり恐縮だが、便器には男性専用と男女兼用の二つが存在する。前者はいわゆる朝顔タイプ。後者は一般家庭に必ずあるタイプだが、後者の使用に関して、座って小用を足す男性も増えてきたという。かくいうボクも近年は自宅のトイレでは大小問わず座って用を足している。つまり「立ち派」から「座り派」に転向したのだ。ボクが転んだのは、あるテレヴィ番組を観たからだ。そこでは立って用を足した時の飛沫範囲が想像を遙かに超えて広い、という実験結果を紹介していた。その後、この番組では「立ち派」と「座り派」に別れて侃々諤々と議論していたが、そこで「立ち派」から苦し紛れに飛び出したのが「立って用を足すのは、男の本能」という言葉だった。そもそもこんな話題に「本能」という言葉の出る幕はない。それを言うなら「本能」というより「習慣」、さらには沽券に近い。
閑話休題。最近、男性用便器の壁面にシールが貼られていることにお気づきだろうか?二重丸か三重丸だかの弓矢の的のようなものもあれば、逆三角形のシールが下方向に三つ貼られている場合もある。当然、それは設置者の意図によって貼られている。つまり、ターゲットを敢えて設定することで、最終的には飛沫範囲を最小限に食い止める効果を狙っているのだ。実際、この目論見は見事に奏功している。
ボク自身も心当たりがある。無意識のうちにそのシールを狙い、ハッと我に返る時があるのだ。開発者の発想には心底、感服する。なぜ的を狙ってしまうのか。自らの心の内を仔細に探ってもその理由を見つけられない。そこで脳裏に浮かんだ言葉が「男の本能」だった。
当然、その言葉は即座に打ち消されたが、無意識以上の普遍性があるように思えてならない。無意識と本能。この二つの概念がどれだけの差異を有しているのか、ボクには分からない。だが、人は論理的で、合理的で、理性的な判断がつかない自らの行動の理由を探るとき、「本能」という言葉をつい使ってしまうのではないだろうか。きっとボクが「本能」という言葉に疑念を抱くのは、思考の痕跡が感じられない安直さゆえである。
不浄な話になり恐縮だが、便器には男性専用と男女兼用の二つが存在する。前者はいわゆる朝顔タイプ。後者は一般家庭に必ずあるタイプだが、後者の使用に関して、座って小用を足す男性も増えてきたという。かくいうボクも近年は自宅のトイレでは大小問わず座って用を足している。つまり「立ち派」から「座り派」に転向したのだ。ボクが転んだのは、あるテレヴィ番組を観たからだ。そこでは立って用を足した時の飛沫範囲が想像を遙かに超えて広い、という実験結果を紹介していた。その後、この番組では「立ち派」と「座り派」に別れて侃々諤々と議論していたが、そこで「立ち派」から苦し紛れに飛び出したのが「立って用を足すのは、男の本能」という言葉だった。そもそもこんな話題に「本能」という言葉の出る幕はない。それを言うなら「本能」というより「習慣」、さらには沽券に近い。
閑話休題。最近、男性用便器の壁面にシールが貼られていることにお気づきだろうか?二重丸か三重丸だかの弓矢の的のようなものもあれば、逆三角形のシールが下方向に三つ貼られている場合もある。当然、それは設置者の意図によって貼られている。つまり、ターゲットを敢えて設定することで、最終的には飛沫範囲を最小限に食い止める効果を狙っているのだ。実際、この目論見は見事に奏功している。
ボク自身も心当たりがある。無意識のうちにそのシールを狙い、ハッと我に返る時があるのだ。開発者の発想には心底、感服する。なぜ的を狙ってしまうのか。自らの心の内を仔細に探ってもその理由を見つけられない。そこで脳裏に浮かんだ言葉が「男の本能」だった。
当然、その言葉は即座に打ち消されたが、無意識以上の普遍性があるように思えてならない。無意識と本能。この二つの概念がどれだけの差異を有しているのか、ボクには分からない。だが、人は論理的で、合理的で、理性的な判断がつかない自らの行動の理由を探るとき、「本能」という言葉をつい使ってしまうのではないだろうか。きっとボクが「本能」という言葉に疑念を抱くのは、思考の痕跡が感じられない安直さゆえである。
