« Home | Caméra espion » | 歩いても 歩いても:films » | 象の背中:films » | Bagna cauda instantanée » | Je suis très différent de vous! » | déjeuner:journal » | Encore!:journal » | C'est extraordinaire!:journal » | Le gagnant:journal » | Feux d'artifice encore:journal » 

15 septembre 2008 

老親:films

槙坪夛鶴子監督の『老親』を観た。
実家では長女、嫁ぎ先では長男の嫁の専業主婦・成子。東京では実家の父親の看病をし、奈良では夫の母親の看病をして関東と関西を往復していたが、周りからは感謝されるどころか、長女だから当然、嫁だから当然と思われ、口さがない親戚たちから嫌味も言われる日々。そんな日々からようやく楽になる目処が立った時、成子は夫に三行半を突きつけた・・・。
 この作品は介護に追われた7年間の回想と、介護を終えて夫の結婚生活を解消した後の生活からなる。成子は実父、義母、義父、実母の四人の介護を含めた面倒をみたことになる。決して人ごとではないが、介護をしなければならなくなった嫁という立場、娘という立場の過酷さがよく伝わってきた。成子のような状況になれば、介護虐待が行われる可能性もあったであろう。一般に幼少時に親から虐待を受けていた子供が介護する側にまわった場合、介護虐待が起こりやすいという。この映画では成子の犠牲とも言える献身により紆余曲折があるも比較的介護される側にとっては良好な状態が保たれていたように思われる。
 面白かったのは、小林桂樹演じる成子の義父が離婚した息子の嫁の所に家出してくること。結婚当時、家事など何もしないばかりか迷惑ばかりかけていた義父が、家事を少しずつ覚えていく。七十代にして初めてお湯を沸かしたというから凄まじい。劇中の台詞にもあったが「生活の土台を自分で回せなければ自立とは言えない」、
というのは蓋し正論である。そして成子と義父との関係も良好なものになっていくのは微笑ましい。ひょっとして義父は義理の娘に想いを寄せていたのかも知れない。小林桂樹の関西弁は不自然だったが、雰囲気がとても役にマッチしていた。
 この映画を観て気になったのは介護するのは最後の最後まで女性だけだったこと。成子の夫は逃げてばかり。結局はそれが離婚の原因になった。介護に関するアンケート調査では、介護を受ける側が男性であっても、女性であっても、介護は女性にやってもらいたいと願っているということを聞いたことがある。介護は男がするものではないという発想はひょっとして、家事や子育て以上に屈強な固定観念なのかも知れない。
 この映画は自立することが一つのキーワードになっている。老人の自立、専業主婦の自立、娘の自立・・・弱い立場にいる人間が自立しながら助け合っていく。介護の問題を考えるには恰好の作品である。