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13 septembre 2008 

歩いても 歩いても:films

是枝裕和監督の『歩いても歩いても』を観た。
 現在失業中の良多一家は、兄・純平の命日で実家に訪れる。その良多一家が良多の両親や良多の姉の一家と過ごす休日を描いた作品。
 久々に遠く離れていた実家に帰る。息子であれ、娘であれ、たとえ故郷であっても実家に帰ることに対して億劫な気持になる人は多いのではないだろうか。良多も例外ではない。良多は現在失業中。父親には弱みを見せたくないと思う気持に加え、両親が賛成していた訳でもない妻と彼女の連れ子と一緒に実家に一泊することになる。実家には姉一家も一緒に来て和気藹々とやっているが、なかなか馴染めない。良多は優秀で早逝した兄にコンプレックスを抱き、父・恭平も医者にならなかった良多に対して、わだかまりをもっている。嫁のゆかりもそんな夫の実家で過ごすことには心理的重圧を感じている。親元に顔を出すというのは親孝行であると分かりつつも、面倒な気持になるのは、人それぞれに理由があるのだろう。親というのはある意味で容赦がないからなのかも知れない。それが「善意」であるだけに、対処が難しいところがある。この作品を観ていると、そんな実家に帰った時の落ち着かなさを我が事のように感じてしまう。
 この作品には、何気なく使われる言葉(おばあちゃんの家など)や悪気のない振る舞い(嫁にはパジャマを用意してないとか、父親の記憶違い)に目くじらを立てる家族の心の動きがよく描かれているが、きっと社会的にはどんな立派な地位にいても、小さい存在になってしまうのが家族というものなのだろう。
 この作品はそれぞれの登場人物がとても丁寧に描かれ、いずれも素晴らしい演技をしているのだが、特に良多の母親を演じる樹木希林の演技は素晴らしかった。誰に対しても本人の目の前では明るく振る舞うが、相手がいない場所では辛辣な感想を述べるようなメリハリが、単調にみえる日常を描いた作品に緊張感をもたらしていた。特に毎年、息子の命日に、息子が命を犠牲にして救った子供を家に呼ぶ理由を良多に語るシーンは戦慄が走った。
 また、YOU演じる良多の姉も、とてもいい雰囲気を出していた。応対の言葉の一つ一つに、機転と配慮のできる人間性を感じさせた。男の登場人物はみな口べただが、女はみな饒舌で豊かな表現力をもっているのは、何となく古風な家族を思わせる。映画の題名にもなっている「歩いても 歩いても」というのは劇中で使われるブルーライト・ヨコハマの一節からとったものなのだろう。だが、ブルーライト・ヨコハマの歌詞の意味を、ボクは正直に言ってよく判らない。歩いても、歩いても・・・私はあなたの腕の中にいるだけなのだ、という意味なのだろうか?
 この作品、シーン一つ、台詞一つ、どれをみても不自然に感じるところがなく、とても心地がよい。それでいて、家族の一人ひとりの歴史や想いが静かに伝わってくる。テレビドラマや前回観た『象の背中』などは、心の中で引っ掛かるシーンが多く、随所に小さなストレスを感じるのだが、この映画は殆どそうしたシーンがない。派手なシーンがあるわけでもなく、斬新なカットがあるわけでもないのだが、内容にすんなり入っていける。こうした作品はとても好きだ。登場人物の心の動きについて、もっと、もっと書きたいことがあるが、止めどがなくなるので、是非とも観て欲しい。
 上映の後に、是枝監督のトークショーがあった。会場からの質問コーナーで、ある若者が意味不明な質問をして会場を困惑させていた。誰だろうとよく見たら我が専攻の学生!で、思わず俯いてしまった。大勢の前で質問する時は、最低でもきちんと頭の中で質問文を作ってから手を挙げろよー、と心の中で何度も思った次第。「質問力」の重要性を改めて感じた次第。