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07 juillet 2008 

Conférence au sommet d'Hokkaido:journal

 洞爺湖サミットが開催されているということで、メディアはこぞって環境問題の話題を取り上げている。まさに一大キャンペーンの様相。我が生活を振り返れば耳の痛い話ばかりが喧伝される。
 CO2の排出量を効果的に減らすためには、これまで慣れ親しんできた便利で快適で合理的なライフスタイルやビジネススタイルを捨てなければならない。車から公共交通機関に乗り換える。エレベーターは使わない。クーラーは消す、パソコンも使わない(無益なブログも書かない)・・・要するに電気で支えてきた快適さを我慢することから始めなければならない。
 また、家庭のCO2を削減するために最も効果的なのは家庭内の電化製品を全て省エネ性能の高いものに切り替えることだ。どれだけチマチマ電源を消しても、この方策には敵わない(しかも快適さを損なわない)。しかし、そのためには何十万もの支出が必要になる。CO2を削減するために求められていることは、便利さを捨て、快適さを求めず、しかもお金をかける行為に他ならない。温暖化論や環境破壊の未来予想への懐疑論が絶えないのは、エコなるものが実はもの凄く金のかかることで、どこかで誰かが利権を貪っているのではないかという疑念が払拭できないからだ。どこかの小学校では「20分クーラーを付けたら、シロクマが一匹死ぬ」という恫喝まがいの言説をふるってまで削減を求めているそうだ。ここまできたら、異常に近い。
 しかし、サミットが終われば、メディアも市民もじきにこの話題に飽きる、と僕はみている。ロハスだなんだと言っても、それを貫徹できるのは、環境に負荷をかけない!というポリシーのためにはお金や時間をどれだけでも消費して構わない人たちだけで、損得の前では環境への負荷云々は常に後回しにされる。現に職場では何十年も前のクーラーを全て省エネタイプに切り替えれば、電気代は半分以下になることが分かりきっているのに、誰もそんなことを実行しない。長期的なスパンで有効なことも、短期的に出費がかさむ予算の前では簡単に膝を屈するのを僕らはイヤほど眼にしている。私の知っている環境にうるさい方は、ハイブリッド・カーでも、軽自動車でもない、普通の乗用車にお乗りである(しかも燃費の悪いオートマ車)。要するに本気で有効なことを実行する気がないのである。
 今日は七夕。僕も環境論者の顰みに倣い、夜は電気を消してキャンドルを灯している。しかし、これでは本は読めない。そう、夜に本を読むという振る舞いに代表されるライフスタイル全てが、環境問題では問われているのである。あなた、今さら、やめられますか?