それでもボクはやってない:films
周防正行監督の『それでもボクはやってない』を観た。26歳のフリーター・金子徹平が入社試験の面接に向かう満員電車から下りたとき、女の子に袖を引っ張られた。「痴漢したでしょ!」と言われ、そのまま駅の事務所へ。その後、容疑を否認するも警察に拘留される。それから思ってもみなかった彼の長い戦いが始まる・・・。
凄い迫力だった。笑いを狙ったシーンもあるが、まさにシャレにならない凄まじい状況だった。取り調べからラストまで本当にリアルで、如何なる微罪でもこの国で警察に拘留されて、起訴されたらおしまいだ、と思った。この国の裁判制度をここまで恐怖させる映画はなかなかないように思う。嫌疑をかけられた時点で、進むも地獄、引くも地獄という窮地に立たされる。警察の取り調べも検察のそれも、殆ど問答無用。日本でもアメリカ同様、取り調べの時に弁護士が立ち会うという制度を整備しなければこんなことが常に起こるのではないか?彼の拘留期間は4ヶ月に亘ったが、会社員ならこんな長期間拘留されてはたとえ裁判に勝利しても社会的に抹殺されてしまう。映画ではあまり時間の経過が感じられないが、精神的にも追いつめられることは必至だ。
世間では、現実的な対応や実を取るような妥協を強いられる時が多い。仕事をしていればなおさらである。いわゆる「大人の対応」である。だがこういう妥協に慣れきってしまっていると、「やっていなくても容疑を認めて罰金と短期の拘留で釈放」という手段をとってしまいそうだ。それが嫌疑をかけられてしまったということで、こうなってしまうのだから恐ろしい。
この映画に描かれる日本の裁判の進め方には驚かされることが多かったが、裁判長が途中で交代してしまい、そこから一気に裁判の流れが変わってしまったのには目が点になった。教科書に沿って進む授業じゃないんだから、スイッチされては・・・と当事者にしてみればやりきれない思いを懐くだろう。そんな時の加瀬亮の表情は出色だった。救いのない立場に追い込まれてしまったときの落胆の表情は彼のなかで何かがポキッと折れたような音が聞こえるようであった。
以前、元某大学教授が手鏡でスカートのなかを覗き込んでいたとして逮捕されるという事件があった。その際に自宅にあったアダルトビデオの内容までも報道されていた。その時は痴漢で家宅捜索?と何となく疑問に思いつつもスルーしていたが、この映画でも被告の部屋に捜査が入り、アダルト系のDVDや雑誌が押収されていたのをみると、拘留された時点でプライバシーなどなきに等しい状況になってしまう。そして、全てが裁判の場で白日の下に晒されてしまう。恐るべし!国家権力!
面白かったのは金子の右隣にいた女性が駅長室の前で何を言ったか、ということが証言者によって食い違う場面。僕自身も注意深く観ていたつもりだが、あれだけ食い違った内容を耳にしてしまうと、ふと自分が憶えていたことに確証がもてなくなってしまう。多くの観客も「あれ?どうだったっけ?」って思ったに違いない。そのあたりも非常にうまい脚本づくりになっていたと思う。また、この映画には裁判の傍聴マニアもしっかりとキャラクターとして描かれている。傍聴マニアの存在は以前読んだ北尾トロの『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』などで知っていた。親戚にも足繁く傍聴に通う人もいるので、監督も裁判制度そのもの以外の事柄もしっかりと取材していたということがわかる。
ラストは僕が予想していたものとは違った。やっていないことの証拠を挙げる。恐ろしく困難だなことだ。存在することを証明するより、存在しないことを証明する方が何倍も難しい。しかも、証拠を挙げたとしてもそれが採用されていない。再現実験で反証されたことは一体、どうなってしまったのだろう?
この映画は痴漢を題材にしているが、これが殺人などの嫌疑がかかっている時はどうなってしまうのだろう?警察も検察も文字通り容赦ない勢いで有罪に持っていくに違いない(むしろ慎重になるかもしれないが)。被告はきっと裁判のプロセスを経るだけでボロボロになってしまうだろう。沖縄は満員電車がなくってよかったぁ〜(モノレールできたけど)と思いながらも、同様のドツボの状況は日常生活にはたくさん、ある。まさに地雷のように。この映画、ぜひ、たくさんの人に観て欲しい。とくに自分だけは絶対に犯罪を起こさない、裁判の被告になる、ましてや有罪なんてあり得ない、なんて心の底で固く信じている人ほど、みてほしい。テレビドラマのような凡百の法廷モノを観るより、よっぽど勉強になった。『不撓不屈』や『日本の黒い夏ー冤罪ー』と併せて観るといいかも。
