DEAR WENDY:films
Thomas Vinterberg監督のDEAR WENDY を観た。炭坑で働くことが「男」として認められるような街。炭坑労働には馴染めず食料品店で働くDickはある日、プレゼント用におもちゃの銃を買う。その後、お店の同僚からそれが本物と知らされ、それをWendyと名付けて肌身離さず持ち歩くようになる。Wendyを持っているうち、次第に自分に自信がみなぎってくるように感じる。やがて彼は街の「負け犬」たちを集めて「銃による平和主義」を広める“Dandies”を結成する。最初は銃を人に向けることを戒めていたが、Dickが保護観察の少年の見張りをすることになってから状況が少しずつ変わってくる・・・。
Dandiesの男性メンバーはみな「ハマータウンの野郎ども」のような男性性から疎外されている。唯一の女性メンバーも同様で、メンバーからも性的な存在として見られていない。こうした欠落感を埋め合わせるものが銃だ。Wendyはある時はがらくたに、ある時は光り輝き、まさにDickに見いだされる存在となっている。(撮り方によって観客にはちょっと同じ銃には見えない時があり、やや混乱するが。)このWendyという名前で想起するのは、James Matthew Barrieの"Peter Pan and Wendy"である。映画のなかのDickはまるでギャングごっこをする子供そのものである。彼らに性的な臭いがないのも子供として描いていることと無関係ではないだろう。DickがまさにPeter Panのメンタリティをもつ存在として描かれていると考えるのは思い過ごしだろうか?もはや”Billy ELIOT”の面影はないものの、子役出身のJamie Bellを起用していることからもその点はうかがえるように思う。
脚本はLars von Trier。監督は彼ではないが、多くのシーンで彼の陰がちらつく。街を俯瞰した地図やDandiesのアジトはDOGVILLEのセットを思わせる。西部劇を思わせるラストの銃撃シーンは笑いがもれるほど、滑稽。しかし、観客に向けられて発せられる銃にハッと息を飲む。こうした演出がうまい。銃を向けられることのリアリティが伝わる強力なメッセージだ。武力による平和などは幻想であると皮肉交じりながらも痛烈に批判している。小心者が自分の尊厳を獲得するために武器をもつことほど、恐ろしいものはない。銃で自分は守れない、このことを雄弁に物語る作品である。しかし、あまりに分かりやすすぎるというか、もう少し後半にひねりがあればよかったというか、先が読めるような展開だったのがやや残念。
