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21 juillet 2008 

Little Children:films

Todd Field監督のLittle Childrenを観た。
裕福だが、どこか退屈そうな郊外の街。専業主婦として娘を育てるSarah。高学歴で知的な彼女は公園で同じように子供を遊ばせる主婦連中とそりが合わない(アメリカにも公園デビューってあるんだ・・・)。ある日、その公園に司法試験浪人をする主夫Bradがやってくる。一方、その街に性犯罪で出所したばかりの男Ronnieが戻ってくる。しかし、彼を待ち受けていたのは、元警官Larryによる執拗な嫌がらせだった・・・。
 物語はSarahとBradの不倫が軸になるが、全体的にはRonnieとその母、そして元警官のLarryの群像劇であると言えよう。
 この物語は劇中で引用されるように、FlaubertのMadame Bovaryへのオマージュで溢れている。いまや古くさいとさえ思える、登場人物の心情を説明する「神の声」も、その一つか。Sarahの日常はまさにボヴァリー夫人が置かれていた状況を髣髴とさせる。夫の豊かな収入で金銭的には何ら問題のない生活を送るも、冷めきった夫との関係や退屈な田舎生活に倦んでいる。Bradは妻の収入で司法試験浪人をするが、勉強はさぼってばかり。彼は美人で有能な妻にパラサイトしているが、持ち前の容姿と性格で自分の居場所はしっかり確保している。だが、彼とて今の生活に満足している訳ではない。そんなSarahとBradは不倫の関係にのめり込み、二人で駆け落ちすることさえ、考える。しかし、SarahもBradも収入がなく、二人が今の生活から逃げ出したとしてもその先は火を見るよりも明らか。冷静に判断すれば、愚かな行いであろう。劇中の「別の人生への渇望」、「不幸な生き方への拒絶」という言葉が示すように、そうした愚かなことまでしてしまうのが、人間の性なのだ。そういう人間を現代では、題名のように言うのである。そういう意味では、人は全然変わっていない。
 近年、海外では性犯罪の前科がある人物については、住所などの情報をネットで公表するところもあるという。この映画においても、そうした社会を髣髴とさせるシーンがある。プールでRonnieが泳ぎだすと、さながらプールに鮫や鰐が放たれたように、親や子供たちが半狂乱になるシーンがそれだ。しかし、その直後のシーンをみると、そうしたことも住民にすれば日常のちょっとした刺激や娯楽を得る手段のように見える。いじめられている子をみんながイヤだイヤだと避けつつも、それ自体を楽しんでいるような感じだ。罪を償ったはずの男性が、出所した後も地域からハラスメントを受ける。罪を償った人間には、人権などないのであろうか?空恐ろしいものを感じる。Ronnieのように、いつ終わるとも知れぬ社会的リンチを受けたら、その人間性はどうなってしまうのか?少なくともそんな社会を大切に思うことは、ないだろう。蓄積した怨嗟が社会への憎悪を生み、秋葉原の無差別殺人のような恐ろしい竹篦返しとなるような気がする。
 あと執拗にRonnieを虐めるLarryにも痛々しさを感じる。Larryは警官時代誤って少年を殺してしまったことで職を追われてしまった。しかし、新たな職にも就かず、Ronnieへの嫌がらせと性犯罪者であったことへの広報活動に余念がない。その執念に、彼の歪みを感じる。ラストに彼がとる行動は、感動的とさえ思えるのであるが、ある種の
暴力的な「正義」を振りかざす彼の姿に、狂気をみる。この映画は主人公二人よりも、むしろ脇の強烈さが印象に残ってしまう。
 題名に戻ると、
あの街の住人は何らかの形で子供の存在に囚われた生活をしている。題名には庇護しなければいけない子供の存在も含まれているのだろう。この映画が大人になることをテーマにしているのかは、正直よく分からない。きっと、結婚をしても、父親になっても、母親になっても、今とは違う人生というものを求めて足掻いてしまうものなのだろう。今の不幸から脱出したい、という気持は極めて自然で、「純粋」とさえ言える。しかし、役割があれば責任が伴う。だが責任という言葉だけでは、不幸から脱出したいという強い気持を抑えられないのかも知れない。それこそが「子供」と言われればそれまでなのだが。ラストの「神の声」に「過去は変えられない。だが未来は違うものになる。 一歩踏み出さなければ」とある。確かにその通りだ。しかし、誰しもその一歩をどこに向けて踏み出すのかで迷っている。