piston et pot-de-vin
大分県の教員採用汚職。救いようのない話だ。これは関連する全ての人にお気の毒な話である。採用試験に落ちた人はもとより、賄賂を渡さずに採用された人も、痛くもない腹を探られるだろう。不正で合格した人のなかにも、採用されてから何とか一人前になろうと努力し、何年も身を粉にして働いた人もいるだろう。賄賂の効果で自分が合格したと知らなかった場合、その教員も被害者であると言える。
もちろん、大分の児童・生徒にとっても好ましい話ではない。今習っている教員に対する信頼が揺らげば、確実に学習効果に響く。教員にとってもしんどいが、敬意を払わなくなった結果は児童・生徒に跳ね返ってくる。
今回は教員採用をめぐる贈収賄事件だが、地方公務員や国家公務員の採用などに関しては、コネやカネは絡まないのだろうか?では、民間企業の採用はどうだろうか?直接的に金品は贈らずとも、会社にとって利害のある人物の師弟ならば、企業は試験の成績は度外視してまで採用するだろう。例えば、議員や許認可権をもつ官僚やスポンサーの師弟・・・。一般企業は、企業活動に有利になる人材を採用するし、人事の裁量権がその企業にあることを考えれば、一概に糾弾もできない。
では、公務員はどうだろう?小さな自治体になればなるほど、採用にはコネやカネがモノをいいそうな印象である。しかし、こちらに関してはあまり話題にもなりそうもない。教員ではない公務員の場合、世間やマスコミはここまでバッシングするだろうか?芸能界の場合はどうだろう?気がつけば、二世、三世ばかりだ。
今さら申すまでもないが、日本の風土のなかに、採用を巡ってのコネの利用や、金品の贈与は頻繁に行われているのが現状である。いま、たまたま韓国版『白い巨塔』をテレビで放映しているが、舞台を韓国に移しても大ヒットしたところをみると、韓国も似たような風土があるのだろう。中国も、欧米も似たようなことは絶対に、ある。
誤解のないように言っておくが、今回の汚職は言語道断である。昨今、教員免許の取得に関しては極めて高いハードルが科せられるようになっており、大学もその対応に大童になっていることを考えると、採用段階でこんな不正をやられたんじゃ、どんな努力をしても無駄、ということになる。また、ボクなどはコネもカネもないから、自分がとった点数を下げられてまで不合格になった人の心情を思いやると、怒りを覚える。不正をして合格をした教員の代わりに落とされた受験生をきちんと救済すべきだと思う。
しかし、今回の汚職を断罪しても一向にスッキリしない。誰かが誰かを採用する。そもそも、成績だけが唯一のファクターではないはずである。よって第三者にとって納得できるだけの要素を提示することは難しいと思われる。スポーツのチーム編成をする監督の立場になれば、抜群の技術をもっていても協調性がないメンバーを選ぶことに躊躇するだろう。逆に、技術は人並みでも、その人物の存在がチームを和ませたり、ポジティブに物事を進める潤滑油になる時もある。サッカーの代表チームでも、能力的にあれ?と思う選手がいたり、抜群の能力がある選手が外されたりすることがよくあるが、そこにはきっと余人には判らない何かあるのだろうと思う。
話がやや迷走した。要するに今回の汚職は、日本の採用風土から生まれてきたものである。誰もが大分だけではない、と感じていることからそのことはうかがえよう。採用に関しては、民間企業のように半ば公然と縁故採用が行われているところもあるし、公務員も公然の秘密。教員の世界だけは聖域だなんて・・・と思ってしまう。あってはならないことだし、納得できないことなのだが、日本ってそんな国なんだよな・・・と思わせるニュースだ。世の中、カネやコネで就職した人ばかりになれば、若者の未来に対する意欲は減退してしまうだろう。努力しても無駄。そんな雰囲気が瀰漫すれば社会は活力を失うに違いない、今がまさにその時なのかもしれない。
もちろん、大分の児童・生徒にとっても好ましい話ではない。今習っている教員に対する信頼が揺らげば、確実に学習効果に響く。教員にとってもしんどいが、敬意を払わなくなった結果は児童・生徒に跳ね返ってくる。
今回は教員採用をめぐる贈収賄事件だが、地方公務員や国家公務員の採用などに関しては、コネやカネは絡まないのだろうか?では、民間企業の採用はどうだろうか?直接的に金品は贈らずとも、会社にとって利害のある人物の師弟ならば、企業は試験の成績は度外視してまで採用するだろう。例えば、議員や許認可権をもつ官僚やスポンサーの師弟・・・。一般企業は、企業活動に有利になる人材を採用するし、人事の裁量権がその企業にあることを考えれば、一概に糾弾もできない。
では、公務員はどうだろう?小さな自治体になればなるほど、採用にはコネやカネがモノをいいそうな印象である。しかし、こちらに関してはあまり話題にもなりそうもない。教員ではない公務員の場合、世間やマスコミはここまでバッシングするだろうか?芸能界の場合はどうだろう?気がつけば、二世、三世ばかりだ。
今さら申すまでもないが、日本の風土のなかに、採用を巡ってのコネの利用や、金品の贈与は頻繁に行われているのが現状である。いま、たまたま韓国版『白い巨塔』をテレビで放映しているが、舞台を韓国に移しても大ヒットしたところをみると、韓国も似たような風土があるのだろう。中国も、欧米も似たようなことは絶対に、ある。
誤解のないように言っておくが、今回の汚職は言語道断である。昨今、教員免許の取得に関しては極めて高いハードルが科せられるようになっており、大学もその対応に大童になっていることを考えると、採用段階でこんな不正をやられたんじゃ、どんな努力をしても無駄、ということになる。また、ボクなどはコネもカネもないから、自分がとった点数を下げられてまで不合格になった人の心情を思いやると、怒りを覚える。不正をして合格をした教員の代わりに落とされた受験生をきちんと救済すべきだと思う。
しかし、今回の汚職を断罪しても一向にスッキリしない。誰かが誰かを採用する。そもそも、成績だけが唯一のファクターではないはずである。よって第三者にとって納得できるだけの要素を提示することは難しいと思われる。スポーツのチーム編成をする監督の立場になれば、抜群の技術をもっていても協調性がないメンバーを選ぶことに躊躇するだろう。逆に、技術は人並みでも、その人物の存在がチームを和ませたり、ポジティブに物事を進める潤滑油になる時もある。サッカーの代表チームでも、能力的にあれ?と思う選手がいたり、抜群の能力がある選手が外されたりすることがよくあるが、そこにはきっと余人には判らない何かあるのだろうと思う。
話がやや迷走した。要するに今回の汚職は、日本の採用風土から生まれてきたものである。誰もが大分だけではない、と感じていることからそのことはうかがえよう。採用に関しては、民間企業のように半ば公然と縁故採用が行われているところもあるし、公務員も公然の秘密。教員の世界だけは聖域だなんて・・・と思ってしまう。あってはならないことだし、納得できないことなのだが、日本ってそんな国なんだよな・・・と思わせるニュースだ。世の中、カネやコネで就職した人ばかりになれば、若者の未来に対する意欲は減退してしまうだろう。努力しても無駄。そんな雰囲気が瀰漫すれば社会は活力を失うに違いない、今がまさにその時なのかもしれない。
