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01 janvier 2007 

Kukushka:films

Александр Рогожин監督のКукушкаを観た。
第2次大戦末期のフィンランド北部・ラップランド。フィンランド軍はかつて奪われた土地を奪還するためドイツ軍と同盟を組み敵対するフィンランド兵とロシア兵が、先住民族の女性アンニに助けられる。3人は言葉が全く通じない。フィンランド兵はドイツ軍の軍服を着せられて戦場に置き去りにされたため、ロシア兵は彼をナチスだとずっと思いこんでいる。アンニは5年前に戦場に出て行った夫を待ちながら自給自足の生活をしているが、この生活に二人が加わったことで微妙な三角関係が生じてしまう。次第に人間的な交流をしていく・・・。
 戦争を背景にした一つの寓話。三人はお互いに言葉が通じないのに自然に相手に語りかける。彼らのディスコミニュケーションは映画を観ている者だけがわかる。「神の視点」ということではなく、まさにカメラの視点といえよう。この視点がある時は笑いを誘い、ある時は登場人物たちの不幸を招いてしまう。
 劇中に「世界は完全ではないが、人生はまんざらでもない」という台詞がある。どこかで耳にしたような文句だが、今でもこの力強さは失われていない。この台詞で思い出したのは、「美しい国」と愛国精神を結びつける動きに対する誰かのコメント。自分の母親を愛するのに美しいかどうかが関係がないように、自分の国が美しいなら愛すると考えるのは大きな勘違いだという主旨だったように思う。「美しい国」を偽装するために過去の過ちを覆い隠すという態度は逆に摩擦を増やすだけである。
 我々が外国のことを知り、そこに住む友人を作るということは、それだけで大きな平和に貢献している。そうすることで相手への理解や親和性が高まり、そのことは戦争などを抑止する効果があるという。この映画は後半の場面で相手への無知や思いこみが大きな失敗と後悔を生むことになる。極めてシンプルな主張だが我々に求められていることは本当はそれほど難しいことではないということを教えてくれる。今年最初の作品がスカだったらヤだなーと思っていたが、そういう思いをしなくてよかった。邦題は『ククーシュカ ラップランドの妖精』。