CACHE-CACHE:films
John Polson監督の"HIDE AND SEEK"を観た。デビッドの妻アリソンが浴室で自殺をした。9歳の一人娘エミリーは、母親の死を目の当たりにして、心を閉ざしてしまう。デビッドはNYの喧噪を離れて娘と自然豊かな郊外の一軒家に引っ越すが、依然として娘は心を開かない。そればかりか娘はいつしかチャーリーという架空の友達をつくるようになるが・・・
二度は観ない作品。ああ、そうだったんだーという驚きもあったが、登場人物が少ないため、それほどでもない。ハリウッド映画は子供を殺さない傾向が強い。そういう意味で少女がピンチに陥っても比較的安心して観ていられる(これではサスペンスの意味がないが)。そういう意味で子役のDakota Fanningは不死身である(『マイ・ボディーガード』でも死なない。←これを上演前に言ったら興ざめ必至だが。)。映画を観ながら、あれこれハリウッド映画のことについて考えた。
先日、テレビでハリウッドスターと喫煙というテーマの短いルポを観た。映画でスターが煙草を吸うシーンがあることによって、喫煙率が上昇することを憂慮するという内容で、映画で喫煙シーンを忌避する傾向があるとのことだった。なかには煙草を吸うシーンには出ないと明言する俳優もいた。
そこで、ふと思った。ではピストルで人を殺すシーンはどうなのだろう?正確な統計はしらないが、喫煙シーンに比べて拳銃発射のシーンはハリウッド作品には随分多い。このHide and Seekでも一民間人である女性心理カウンセラーが発砲し、襲ってくる相手を殺していた。
喫煙シーンで喫煙率が上がるなら、拳銃発砲シーンで発砲率が上がるのではないだろうか?スターの煙草がカッコイイものなら、スターの発砲もまた格好いいはずである。これは同じ論理である。しかも、喫煙より、発砲の方がよっぽど事が重大である。「拳銃を安易に撃つようになるから、発砲シーンはやめましょう。私は発砲する役はもう受けない。」こうしたキャンペーンがあってもおかしくはない。ハリウッド映画では正当防衛なら相手を殺しても許される、というメッセージを繰り返し流している、喫煙からここまで敷衍していく可能性もなくはない。
私自身は煙草は吸わないが、映画に喫煙シーンがあってもいいではないかと思う。観客には受動喫煙の弊害もないからである。監督は意図をもって俳優に喫煙させている。それをやめろというのは無粋というものである。それより、根拠の乏しい言説で自分や他人の権利が侵害されるのはごめん被りたい。
随分と横道にそれた。色んな意味でこの映画はありがちなハリウッドの作品である。確かSECRET WINDOWも似たような感じだったな・・・。
